勝負の鐘は鳴らされた。
土曜の夜、完成した御簾の間を見学させてもらった。
二十畳の座敷は二対三で区切られて、奥の二が奥御簾ということで間に御簾が下げられていた。
更に内側の真ん中には几帳が二帳並べられていて、間は少しだけ重なっている。その几帳で隠されたところに、広い布団が敷かれていた。
布団のでかさにびびって訊いたら、夫婦布団というそうで、早い話布団のダブルベッド版だ。そんなもんどこにあったんだ? 商店街の布団屋か?
几帳の垂れた布に隙間はないので、一応、御簾と几帳のダブルで内側は見えないことになる。
内側には頭の方と足の方の壁近くに、背の高い和風のフロアランプが置いてある。
上を見ると、部屋の照明は天井に三つ。奥御簾の上に一つと、表御簾の上に二つだ。
うーん、まあ、奥御簾側が暗い限りは見えないわけよね、透けては。
それにしても、これの準備をしたのが、三家七家各家一名の若者たち…………。
まあ、若者といっても、村の場合三十代前後のことを言うんだよね。
大学行く人が多いから、Uターンして戻ってきた男どもで、だいたい四十過ぎまでのさ。
だいたい新婚さんとか子供が小さいとかいう世代なんだよね、村の若い衆ってのは。
ちょっと、はずいじゃねえかよ。
なんなんだよ、このその気漫々の布団はよ。
まあ、なんにせよ、これで若い衆からどんどん話が広まるだろう。
つまり、勝負の鐘が鳴り響いたということだ。
私にとっては、共寝がどうこうよりも、女たちの反応の方が問題なのだ。
これまで平々凡々と過ごしてきたんだけどね。
背は平均よりちょっと高め、体重も平均、容貌も凡庸の地味女とは私のことだ。
私は、村トップの神谷家長の長女。
その気になればお嬢様とあがめられたり、女子のトップに君臨してわがまま三昧ということもできなくない立場なわけよ。あほらしいからやらないけどね。
おとなしくしていた私が、ユキさんの妻になったわけ。
これまでも、侮って来た連中はいくらでもいたのよね。
構うのも面倒くさいから放置してたけど、奴らは絶対に動く。
私の部屋は女性陣の個室が並んだ二階の一室だし。鍵はかかるけど、しょせん屋内錠だからその気になれば開けられる。内鍵の閂があるから在室時はいいけどね、不在時の警戒も必要だ。
まったく、受験生に余分な手間かけさせないでもらいたいわ。
まあ、ユキさんとの結婚だから、勘弁してやろう。
そんなことを考えながら食堂で夕飯を食べて(今日はパスタ大盛り!)自室に戻ると。
ん?
早速だよ。
部屋の入口のふすまの引手の色が遠目にも変だなと思ったら、ジャムがべっとり塗り込まれていた。食堂にある、給食に出てくる小さいイチゴジャムだな。一パック分たっぷり使ったらしく、引手のへこみから下に垂れ落ちている。
引手の下に部屋の鍵穴があるんだけど、その穴にもわざわざ入れようと絞ったらしい、そこだけちょっと盛り上がっている。
ふう。
これで私がショックを受けてめげたりすると、いじめっ子が喜ぶわけ。
理不尽な攻撃で、喜ばせてどうする。
いじめっ子というものは、さんざんいじめられっ子をいじったあとに、あるセリフを言うのが定番だ。
「言いつけるな」
親とか先生に言いつけるなよ。言いつけると〇〇するぞ的なことを言う。
私は、首を巡らせる。女たちの部屋も、仕切りのふすまを開けっぱなしにしている男部屋の方も、見てわかるほど開いているところはない。けれど、これをやった犯人は、薄くふすまを開けて耳をそばだてていることだろう。
いじめっ子は言いつけるなと言う。何故言うのか。
それこそが、いじめっ子の弱点だからだ。
私は隣の部屋の前に立ち、ぼそんぼそん、とふすまをノックした。
女部屋南側の一番端は妹の部屋。隣が私で、さらに隣は、女性使用人のトップ、神社相談役事務所事務長の部屋、通称ばばちゃまのお部屋だ。
ばばちゃまの「はーい」というのんびりした返事が聞こえ、未冬です、と言うと鍵を開けてふすまを開けてくれた。
「まあ、みゆちゃん。聞いたわよ、おめでたいお話があったそうじゃないのぅ」
ばばちゃまは御年七十の、母の母、つまり、実の祖母である。
おじいちゃんは先々代の神宮様で、六十三でお勤めを終えた数日後、お布団で冷たくなっていた。まあ、うちではよくある話なんだけどね。
「えへへ、なんか内緒っていうから、私から言えなくてごめんねえ」
おじいちゃんが神宮様になった時から、ばばちゃまはこの部屋に住んでいる。おじいちゃんの前の神宮様がうちの親父で、人手不足でお勤め後にすぐ神谷家の家長になったため、家長の住居を譲るためだ。私はその頃に生まれた。母はまだ十四で私を産んだので、私はばばちゃまの助けを得ながら育てられたのだ。
しかし、今の若い使用人たちはその関係を知らない。ばばちゃまは実家が五味の家なので、そちらと親しくしているから、七家から働きに来て出世したと思われているのだ。
「ばばちゃま、とりあえず、これ見てくれる?」
手招きして、廊下に出てきてもらって、私の部屋のふすまを見てもらう。
にこにこしていたばばちゃまは顔を固め、次に細かった目が開き、背筋がしゃきんと伸びる。
そうして、振り返った。
「全員招集っ!!」
真横でのあまりの大声に、鼓膜がキーンとなった。
隣から、妹の真冬まで出て来た。
「どうしたの? お姉ちゃん」
飛び出してきた女性たちの中、ぽつんと真冬が呟く。十一歳の女の子が。そして、真冬は私の部屋のふすまの異変に気付いた。
「何これっ? ジャム? なんで? 何これいじめっ? お姉ちゃんに!?」
その様子をみる女たちの様子から、犯人の目星はついた。もちろん、ばばちゃまも目ざとい。
「そこの二人」
ぎくりと反応したのは、村に家があるのにわざわざ住み込んでいる、二十代前半の娘たちだった。
独身で、自分たちの年齢に見合う七縛り、ユキさんを狙っていることを隠しもしていなかった二人組。当人たちもライバルじゃないかと思うんだけど、なんで仲良くできるのかねえ。
「わ、私じゃないですよ」
「知りませんよ、そんなの!」
二人は、娘たちがずらりと並ぶ、一番端っこにいた。部屋はどっちかっていうとこちらの部屋に近いのにね。
「ほかの子たちは、何か知ってる?」
ばばちゃまが言うのに、一人だけ視線の泳ぎが長い人がいた。問題の二人を見て、私の部屋を見て、ばばちゃまを見る。
「何を見た?」
ばばちゃまは、その子に強く訊く。ばばちゃまは理不尽なことはしない。やさしいときはやさしい。上司として厳しい時は厳しいけれど、みんなの心のおばあちゃんだ。
「言ってごらん」
ばばちゃまは、強く言った後に、声をやわらげる。
その子は、風呂上りに通路まで来た時に、早足で部屋に入っていく二人を見たのだという。その子の部屋は私の向かい。ふすまの異変には気づかなかったけれど、風呂も食堂も私たちの間の通路を通っていくので、気にしていれば人の動きはわかる。彼女が様子がおかしいと思って気を付けていたら、すぐに私の足音がして、この騒ぎになったのだそうだ。
「そうかい。私はね、部屋に戻ったのが十五分くらい前だったんだ。みゆとまゆの部屋の様子を見ながらここを通るのが習慣だからね、その時は何もなかったよ。耳ももう遠いから、誰かが通っても気づかないけどね」
追い詰められた二人は、目を見合わせている。
「ばばちゃま。鍵穴にまで入ってるから、鍵交換しないとダメかも」
「おやそうかい、じゃあ、男衆も呼ばないとね。悪いけど、あんた風呂まだでしょ、食堂に行って誰か掴まえてきておくれ」
三十過ぎの女性がばばちゃまに言われて急いで階段へ向かった。この人は四谷の分家の人で、外の人と結婚したけど離婚して戻って来た人だ。敷地内の税理士事務所で働いていて、もうすぐそこの人と再婚することが決まっている。
「そこの二人は残りなさい、男衆が来るから見張りよ。あとはみんな戻っていいよ」
ばばちゃまがにこにこと解散を指示する。半分はパジャマとか部屋着だからね。そして、二人はまだただの私服だった。




