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臨時緊急氏子総代会の開催について。

 改めて親父が、皆様ありがとうございます、と言って、一同、体を起こし、正面に向きなおった。

「なにせ、新柱様方(しんばしらさまがた)のご対応についてはわからないことだらけです。ここからは、ざっくばらんにご相談させていただければと思うのですが、いかがでしょう」

 親父の言葉に、ぱらぱらと了承の意が返される。

 うーん。私、その『ご相談』に同席する必要あるんですかね?

 巫女さん役とかね、いきなり着替えて神社に来ーいっ! てのは、たまにあるけどさ。なんか、ちょっと、お偉いさん方が決めたことに従うだけでさ、こういう場には、これまで全然かかわってこなかったんで、気まずいんですけど。

「それにしても、婚約解消の話を聞いたばかりですからね。びっくりしましたぞ」

 陸奥家の当主のおじさんが、首をぐるぐるしながら言う。いつもは神社や敷地の庭の手入れや掃除をしたり、神社との仕切りの垣根を直したりしているので、作業着で見かけることが多いのだけど。今日はきっちりしてるから、きらびやかな頭の特徴がなければ誰かわからなかったよ。

「こちらにはそれも初耳でしたよ。どういうことです、光井の」

 七家の分家の爺様が、光井本家のおじさんに食ってかかる。

「本当に、皆さまに、ご迷惑を」

 光井のおじさんが、しおしおという。ユキさんの元婚約者、菜摘さんの養い親だ。

「そこは冬季と菜摘が同意してやっていたことです。偽装婚約なんて、我々には思いつきもしないことですよ。申し訳ありません。神谷の家長として、お詫び申し上げます」

 親父が上座から手をついて詫びを入れ、先頭列にいた光井のおじさんも前に出て体の向きを変え、畳に額がついてるんじゃないかってくらい、頭を下げた。

「まあ、そちらの話は、本人たちの問題だから忘れよう」

 七家トップの一谷のおじさんがそう言って、その問題は終わった。光井のおじさんは元の場所に戻り、親父も姿勢を戻す。それで終わるんだ。

 偽装婚約説は、あくまで表向きだとみんな、理解しているっぽいなあ。さすが重鎮方だ。

 最前列の端っこにいた亜希さんが、几帳越しに笑顔を寄こした。ああ、やっぱ、事前に一谷のおじさんあたりと打ち合わせておいてくれたんだな、と思う。

 亜希さんは相談役代理なので同席している。そして、滅多に姿を現さない相談役も、その隣に座っていた。相談役がいる以上、亜希さんは発言できないんだろうな。

 ちなみに、相談役はユキさんの母方の祖母にあたる。でも、相談役とユキさんが一緒にいるところは見たことがない。今日も口を出すつもりはないのか、膝に手を置いて、姿美しく座っているだけだ。

 七十過ぎてるはずなんだけど、マイナス二十歳くらいに見える。先代相談役も九十で殺されるまで元気だった。まあ、あちらは腰の曲がった小さなおばあちゃんになってたけどね。先代は小さい体でちょろちょろ動いてたけど、今の相談役はおっとりと過ごすばかりだと聞いている。実質、相談役は亜希さんだ。

「まあ、そんなわけで。冬季は神殿に籠ったままだし、未冬に聞いても、夕飯を届けに行ったら神殿に手招きされて、三人だけで結婚式をやったと。神宮様が神職役と巫女役を兼ねてお勤めされたということなんですよ」

 ざわざわと、一同がびっくりして独り言やら隣の人に話しかけたりやらでしゃべり出す。

「こんなことあったか?」

「先だっての、神宮様の結婚式は?」

「あれは新神宮様と未冬でやったんだったな」

「神宮様が率先して動かれるのは、二年前の調伏以来じゃないか?」

 うん、まあ、普通、神宮様は何もしないもんね。

 神宮様は神社の最奥にお住まいなのだけれど。

 規則正しい生活をされていて、日中は神社の奥で何か作業をしている。崖にある洞窟が書庫になっていて、古文書レベルのものを現代語訳しているという話だ。

 ごくたまに、拝殿ではなく、神殿まで案内されてくる特別な信奉者さんの対応をすることもある。更に気が向くと、神殿に出て来て拝殿や賽銭箱前にやってくる氏子さんや一般の方々を眺めていたりする。

 予約の方のお相手はだいたいしてくださるらしいが、お言葉があるわけではない。お言葉を発されることはほぼなく、うちの親父が間に入って通訳する。ご祈祷をしてくれることもたまにはあるので、ほんとーにごくまれに、お声を聞くことはある。

 なので、さっきのことがどれだけ珍しいことかは、一応、私にもわかる。でも、そもそも新神宮様って、前例がないじゃん? ないんだからなんでも珍しくて当たり前じゃない?

 前例がないといえば、神宮様がお勤め中に結婚されたのも、今の神宮様が初めてだった。

 お勤めに入る前からおつきあいがあった方だそうで、神主の資格を持つユキさんが神職役、私が巫女役で神殿に上がって執り行った。

 でも、そもそも、新郎の中に神様ふぁいるので、新郎は奥の上座に一人で座っている。新婦は対面に座っている。

 私とユキさんが横にいるという、非常に変わったお式の形態になった。

 新婦さんは細かいことを気にする方ではなかったので、今みんなが着ているのと同じ装束の上に、打掛を一枚羽織っただけ。髪型もボブで何もかぶらず、お化粧も口紅以外は自分でしたものだった。口紅だけは、装束の着付けついでに亜希さんがやった。

 お酒好きで、三々九度のお酒はたっぷりでよろしくと事前に言われていたので、なみなみと注いで差し上げた。おめでた中で、禁酒していたけどその日だけは特別ね! とのことで。

 あとは、一晩、奥の間に泊まって行った。

 その後は、月に二回くらい奥の間に泊まりに来ていたけど、今はお一人で東京で子供を育てているという。たまに、子供を連れて来るけれど、来たときは亜希さんのところに泊まっている。

「なんにせよ、結婚式をしたなら、共寝すべきだろう」

 ん?

「そうだな、こんなところにいる場合じゃないだろう」

 急に、みんなの視線がこっちにくる。

 共寝って、つまり、ユキさんと、一緒に寝ろと。

 つまり、つまりってことか?

 いや待て、私はまだ夕飯も食べてないんだ。

 いやそれはともかくとして、何を言い出すんだこのじじばばたちは。

「それは、さっき冬季に聞いてきたんだが」

 親父が言う。

「今宵の共寝に、支度ができたら未冬を連れて改めてくるかと訊いたら、『いいえ』とだけ返事があった」

 おい。

 神社の拝殿、神殿、奥の間の周りは、崖と垣根で囲われている。その垣根と建物の間は、誰でも自由に歩けるようになっている。なので、奥の手で、壁越しに話すこともできるのだ。

 神宮様の妻子も、神社に来ると奥の間の外側からお話している。

 さっき親父が遅れて現れたのは、そのせいか。

「『いいえ』って、共寝を拒否されたってことか?」

「なんてことだ!」

 怒り出したのは爺様方だ。

「いや、冬季は御柱様方の神気を抑えるためにお籠りに来たばかりだ。まだ落ち着いていないからだろう。今回は五日間の予定で昨夜入ったばかりだ」

 そう。ユキさんは普段はうっすらと気配があるかどうかというくらいに神様方を内側にガードしているんだけど、セーブしきれなくなることがあるんだそうだ。それは、お祓いのお仕事に関係するらしく、内側の神様方のご活躍次第でそういうことになる、らしい。

 そうなるとユキさんの職場ではそういった気配に敏感な方が多いので、影響を受けやすい。それで、ちょっと鎮めてこい、と、すぐに仕事扱いで神社に送り込まれるのだと、前に親父が言っていた。

 月に三、四回はあるそうだけど、たいてい、車で来て神社に直行してそのまま帰るので、私が知らないうちに来て帰ることも多かった。

「五日は長いな」

 うん、長くても三日くらいで、そんなことは年に二、三回だ。当番がなくなる人が増えるので、三日もいれば私も気づく。

「いくら鈍感な未冬でも、五日予定の二日目の共寝は無理だろう」

 鈍感とはなんじゃ。

「そうか、鈍感なみゆちゃんでも無理か」

「そうか」

 おい。

 ユキさんも言っていたけど、私は、神宮様の御神気が神殿にあふれかえった二年前、じじばばやおじさまおばさま方がばたばたと倒れる中、平気でいた。親父と私だけが動き回れた。

 親父はさすがに元神宮だけあって、御神気に慣れているのだそうだ。一般の方々もあまり影響は大きくない。だから私が神谷の血筋のくせに一般の方々並みにそういった感知力がないのかというと、そうではない。

 御神気があふれているのはわかった。圧は十分に感じた。これでも七縛りですからね。

 それでも動き回れただけだ。鈍感なわけではない。失礼な。

「じゃあ、お籠りが終わってからか」

「土曜か遅くとも日曜には出てくるはずだ」

「じゃあ、出てきたら場をしつらえるのだな」

 ん?

「いえ、受験生ですので」

 母が口をはさむ。

「神職の資格を取るために大学受験を予定しておりますので、そちらが落ち着いてからに」

「それはならん!」

「おほらさまの御意向ぞ!」

 母が言うのに、じじばばが騒ぎ出す。

 うーん。ユキさんと私の、初夜、の、話を、しているのよね、多分。

「皆々様!」

 親父が大声を出す。

「来春、改めてお披露目をしたいと思います! それからで!」

 親父はそう叫んで、両手を膝の上に置いて、ドスのきいた声出した。

「それまでは、私が許しません」

 ・・・・・・親父。

 一同、黙った。

 黙ったまま、顔を見合わせている。

 ごほん、と一谷のおじさまが咳払いをした。

「まあ、かわいい娘に、突然降って来た話ですからな」

 親父は黙ったまま、ひとつ頷く。

 そういうことかい。ここにきて父親モードですか。いや、ありがたいですけどね。さっきは、ユキさんのところにお伺いたてに行ったとか言ってなかったか? 断られる前提か?

「一応、形だけ、っということで、どうですか?」

 五味のおばさまが、にこにこと言う。

 五味のおばさまの提案は、ユキさんは月曜からは仕事だろう。土曜なら一晩、日曜なら二、三時間でも、共寝をした形を整えよう、ということだった。

「神宮様御自ら執り行われたお式です。おほらさまの御意向に我々一同が従う意思を、お伝えするためには必要です」

 それには、みんなが同意した。

 形だけって、いや、形だけでいいけど、どうすんのさ。

 じじばばたちで話し合った結果、この『御簾の間』に御簾と几帳で奥御簾を作って、そこに共寝の用意をし、二人で過ごしてもらう。

 代表数名が外御簾のスペースにとどまり、時間経過で、婚姻がなったと認める、ということだった。

 いくら広くて仕切ってあるとはいえ、同じ部屋にいるなかでどうこうはないだろうということで、親父も同意した。まあ、二十畳あるとはいえ、早い話広めの続き座敷の広さだ。ふすま開けっぱの隣の部屋でどうこうできるかってことだ。

 うーん、お話してろってことかな?

 早速、親父と、七家の中では女性陣のトップである五味のおばさまが、神殿へお伺いをたてに行った。

 ユキさんからは壁ごしに『日曜午前十時から昼まで』という返事があったそうだ。

 一同、土曜十五時集合で部屋の準備に一家一名若い者を寄こすこと、三家七家当主は日曜午前九時にここに再度集合ということで、話は終わった。

 私は、母に伴われて、真っ先に退室した。

 見張りの前を通り過ぎて、父母の部屋に戻る。

「腹減ったあ~~~」

「乙女の言うこと?」

 乙女とは若い娘のことだろ? 成長期ってことじゃんか。

「あ、もう十時過ぎじゃん! 私、食堂でご飯確保して部屋戻るから。装束は明日戻すよ」

「はいはい。まだ周りには内緒だからね」

「はいはい。でも、どっかからバレるでしょ?」

「そうね。今日は人数多かったから」

「じゃあ、なおのことしっかり食べなきゃじゃん」

「…………そうね。しっかりね」

 羽織りだけ母に返して、私は食堂に行った。ご飯が保温されていたので、保温レトルトケースをのぞくと、牛丼が沈んでいるのが見えた。よし、と、私はまずはカップ焼きそばにお湯を入れ、ご飯をよそって牛丼を載せ、焼きそばのお湯を捨ててソースを入れてしっかり混ぜてから、牛丼と焼きそばとお茶をお盆に載せて自室に戻った。

 良かった、間に合って。食堂十一時に施錠なんだからね。しっかり確保しないとね。

 とはいえ、汚れても困るので、装束を脱いでからの食事だ。

 うーん、一緒にじじばばと詰め込まれた部屋の奥で、ユキさんと二人きり、ね。もはや二人きりとは言わないわな。

 そんなわけで、私は考えることをやめた。

 ユキさんがそんな状況の共寝に同意した意味なんか、まったく想像もしなかった。

 

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