なんにも変わりはありません。
私の十八歳の誕生日。
十一月二十二日。いい夫婦の日、なんだそうだ。
学校から帰ったあと、両親から、ユキさんから朝いちで区役所に届けたと連絡があったと聞いた。
今日、戸籍上は夫婦になったということだ。
「おまえは何も気にせず、受験勉強してろ」
「誕生日ケーキは買ってあるから、夕飯の後にね」
それだけである。一言だけの報告で終わった。祝いの言葉もない。
理由はわかってる。どこに人の耳があるかわからないからだ。
うちは、神社のすぐわきにある。
でっかい家だ。
一階は神社関係の接待などにも使われる。
二階は北側と南側に個室がたくさん並んでいて、私と妹の部屋も一緒にある。
二階の神社に近い東側の南北四部屋は男部屋で、ユキさんの部屋も一応ある。
男部屋との間にはふすまがあって、残る北側はすべて住み込みの女性陣の部屋。
南側の西の端っこ二部屋が私と真冬の部屋、それ以外は住み込み女性陣の中でも上の方の人が、南側には住んでいる。
男部屋は祭りなんかで来た時にしか使われないので、普段は仕切りのふすまも開け放して、二階は女ばかりだ。
住み込みとはいえ、実際には村内に家がある人たちも多い。つまり、ユキさんを昔狙っていた女たちも、実は結構いる。
一階は東側に相談役の部屋と事務エリアがあって、西側は私の両親が住んでいる。その間が神社の接待に使われるエリアで、婚姻届けを書いた部屋もそこにある。
家は、更に別棟がくっついていて、西側に伸びている。
北側の別棟はお風呂。男女露天風呂や使用人用風呂などがあって、一般の人も日中は入れる。
南側の別棟が二つあって、東側には仲良くしている亜希さん一家が住んでいるんだけど、一階は保育園みたいになっている。
もう一つ西側にあるのは、二階は祭りの時にしか来ない親戚の部屋で、一階は食堂やお風呂の休憩所になっている。ここも、一般の人も日中は使える。
一応、私の生活圏はその範囲で、ご飯も食堂で食べる。お風呂も一般の人も入れるお風呂。部屋は勤めてる人たちと同じ並び。神社仕事の手伝いがあれば東側の塀を通って神社に行く。
神社は、神社の中では結構大きい方に入ると思う。
学校に行くために道路まで出るには、まだいろんなところを通らないといけない。神社関係の敷地はとにかく広い。いろんな仕事をする人たちの家もあるし、会社もあれば警備室もあれば税理士事務所とかまであるし、なんなら郵便局もある。
道路の向こうには森林公園もあって、一般の人がキャンプをしていたりするんだけど、そこも神社の鎮守の森の一部だという。そして、その森林公園沿いに道路があるんだけど、そこは商店街になっている。
学校に行くためには、まず道路に出て、商店街の一番端っこまで行って、ようやくバス停がある。バスの折り返し地点は神社なので、神社前というバス停もあるのだけど、家から出た場合は商店街バス停の方が微妙に近いので、普段はそっちから乗っている。
そこから更に二十分バスに乗って高校に行く。バスに乗っている間に、小中高生から街で働く人や電車で通勤する人たちも乗ってくる。マイクロバスなので人数は乗れないけど、通勤通学時間帯はバス二台で村から駅までひたすら往復している。時刻表はない。バス停もちゃんとは決まっていない。
駅と高校がある街中は決まったバス停にしか止まらないけど、村のエリアだったらバスは、手を挙げれば停まる。私もたまに、商店街の手前乗せてもらったり、先でおろしてもらったりしている。
日中は一時間に二本。区間関係なく片道一回百円だけど、大人も子供も一か月千円で一年パスなら一万円。なので、村の者はたいてい年パスだ。
バスを運転しているのは、神社の警備もしている家の人たちだ。
うちの村は過疎っていない。
けど、村の中心である三家の人間ほど、地元にはいない。
三家のうち、実際に住んでいるのは神谷家家長であるうちの一家と、亜希さんがいる宮内一家だけだ。
外宮家は出て行ってしまって、七家の五味家から養子が入って外宮を名乗ってくれていて、郵便局の裏に住んでいる。
私と同じ『七縛り』は十五人。うち四人はうちの一家。あとは亜希さんの家に三人。ユキさんを含む残る八人は、地元にいない。
ユキさんは、いずれは戻ってくるらしいけど、それがいつのことなのかは、私は知らない。
私は、夕飯まで勉強することにした。
受験先は、神職の資格が取れる大学だ。ユキさんの母校でもある。
ふと、気が付いた。
私は、ユキさんの連絡先を知らない。
結婚したのに、今日は、会えもしなければ、通話の一つも、メッセージのやりとり一つもないのだろうか?
私は、母にメッセージを送った。神社関係者は、秘匿性の高い犯罪者がよく使うと言われるメッセージアプリを使っている。ユキさんも使っているはずだけど、私はユキさんのスマホの番号さえも知らない。
『ユキさんの連絡先教えてよ』
返事はすぐに来た。
『明日にしなさい』
「はあっ!?」
妻が、夫に、結婚初日に、連絡をとりたいというのに、明日にしろだあああっ!?
私は、スマホをベッドに投げつけた。ぼよんと、ちょっとだけ跳ねて、スマホはベッドの上に落ち着く。
私は、ゆっくりと深呼吸をした。
少なくとも今日、親にはユキさんから連絡が入っている。
ユキさんが必要だと思うなら、親から私の連絡先を聞いているはずだ。
連絡がこないのは、ユキさんの意思だ。
私は、机の前の椅子に座った。
おととい、婚姻届けに名前を書いた。
それだけ、なのだ。
私と、ユキさんの関係は。
参考書を広げる。
今は、受験に集中しよう。そうしろということだと思おう。
参考書の文字がにじむ。
勉強したいのに、できない。涙で、目に情報が入ってこない。
「うう・・・・・・」
好きな人と結婚した。
戸籍のうえだけ。
こんな想いをするだけなのか、結婚というのは。
私は、へぐへぐと泣きながら、ベッドの上にあがり、座り込む。
ティッシュをとって鼻をかんで涙を拭いて、スマホをつかむ。
そして、英語のアプリを起動させた。
勉強してやる。
目が見えなくたって、勉強してやるんだ。負けるもんか。
夕食後、両親の部屋で、妹も一緒に、四人でケーキを食べた。
妹は、七歳下。まだ小学校五年生だ。むじゃきな妹にはまだ、結婚のことは話さないようだ。
成人だとか選挙権だとかそんな話をして、私の誕生日は終わった。
次回からは、毎週火曜夜7時に更新します。




