温泉に、入りましょう。
奥御簾には、ユキさんがいた。
すでに、白衣と袴を脱いで衣紋盆の上に畳んで置かれている。単衣一枚でめくった布団の上にあぐらをかいて座っていた。
私は二帳の几帳の影の範囲に入ってから、同じように白衣と袴を脱ぎ、一度畳に正座してきちんと畳むと、ユキさんの衣装がお盆の上で右半分に置かれていたので、その脇に載せさせてもらった。
それから一度立って、ユキさんのそば、布団の脇に正座した。
ユキさんは、表情もなく私を見ていた。
私は、一度手をついて、頭を下げる。お邪魔します、だ。
再び立って、今度は布団の上に正座した。
夫婦布団て、広いのよね。とはいえ、端っこに座っても、ユキさんからは手が届く範囲だ。
私が上目遣いに見ると、ユキさんがようやく、ちょっと笑った。
そうして、几帳を見た。
こちら側の明かりは、足元の方に一つあるだけ。真っ昼間だというのに、机のスタンド一個みたいな感じだ。影は几帳にはかかっていない。多分、透けてはいないんじゃないかな、几帳も結構厚いみたいだから。御簾もあるしね。
ユキさんが手招いたので、私はちょびっとにじり寄る。さらに手招くので、またちょびっとにじり寄った。すると、ユキさんが、体を起こして、立ち膝になる。昨日と同じ姿勢で、顔を寄せてきた。
うひ。キスですか?
ちょびっと身を引いてしまった。ユキさんはちょっとびっくりした顔をして、面白そうに笑った。そうして手招く。
うう。はい。キスするとは、昨日言ってましたからね。
私はあきらめて、姿勢を戻した。
今度は、ユキさんは先に手を私の顔に添える。指先は後頭部に伸びてる。昨日と同じだ。逃げられない。
私は、ユキさんのキスを受けた。
触れるだけのキスから、啄むようなキス。そして、唇がつぶれるような密着度の高いキス。
ええと、この辺までですよね?
すでに、空気は昨日と同じような波動を発している。微炭酸の温泉。ああ、お風呂入りたいなあ、肌に細かい気泡が貼りつくんだよね、熱すぎない温度で、ぬめりのあるすこしとろりとした感じのお湯。
私は、両手を伸ばした。
ユキさんの顔を挟むようにして触れる。
このまま、ゆっくりと温泉に浸かりたい。
思ったのは、それだけだった。
ユキさんが、びくっとした。
ん? 私は、自分がユキさんに触れているのにちょっと驚いた。
ユキさんは、唇を離して私を見降ろしている。目を瞬かせながら。
ん? なんかおかしい。体がおかしい。
微炭酸の温泉。気泡がいっぱいの。そこまでは、昨日と同じ。
今は、空気が、もっととろみがかっている。
いや、違う。
ユキさんからは、微炭酸の気泡たっぷりの温泉のような波動が。
それとは別に、私から、ぬるいとろみのある空気が広がっている。
それが混ざって、本当に温泉に浸かっているような心地よさが広がっていた。
ユキさんの手に、ちょっと力が入った。私も、ユキさんの顔にしっかり触れる。
再び、キスをした。
バタッと、何かが倒れる音が御簾の向こうでした。
続けて、バタッ、バタッ、と。さらに二回。
私たちはキスをしたままみつめあい、事態を察して、離れた。
「退室を許す」
親父の声がひそやかに聞こえた。
なんか、出入り口の方まで人を運ぶ何往復もの動きとか、そんなのがわかる。
ユキさんも私も、ちょっと中途半端に固まったままその気配を聞いていた。
部屋のふすまが引かれて何人かが出て行く時には、外からの手伝いも入ったみたいで、静かだけどそれなりの騒ぎになっていた。
うん、気にあてられたのね。まあ、私には、気持ちよかったんだけどねえ。
ユキさんが、立ち膝から腰をおろす。困った顔をしてこちらを見た。
うん、気持ち、良かったな。温泉、入りたい。とりあえず、うちの鉱泉で我慢するけど。受験終わったら、温泉旅行に連れて行ってもらおう。
て、何考えてんだ私!?
ユキさんは、そのままごそごそと足を布団に入れて横になった。そうして、布団をかぶりかけたままの姿勢で待っている。
ええと、入れということでしょうかね。
私は、ごそごそとその隣に横になる。枕もちゃんと二つあったからね、掛布団は一枚だけど。
ユキさんが布団を一緒にかけてくれる。
右肩を上に横になっているユキさんと、左肩を上に横になった私。
ユキさんの右手が私の左手に伸びてきたので、手を握り返した。
そうして、布団の中だけ、さっきみたいな微炭酸ととろみを満たしてみる。
お布団の中が、温泉みたいで、気持ちいい。
ユキさんも気持ちいいみたいで、ちょっとほわっとした顔をしている。まあ、暗いから気のせいかもしれないけどね。
ぬくもりが気持ちよくて、いつのまに二人して、熟睡してしまった。




