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臨戦態勢準備O.K.

 妹のまゆを迎えに行くと、両親は、私は残れと言う。それじゃお迎えにならんだろうに。

 結局、妹は一人で戻って行った。まあ、ほぼ階段上がるだけだからね。

 母が、お茶を出してくれた。

「まあ、大変だったな」

 親父が言う。

「まあ、序の口よ」

 私は言う。

「まあ、序の口よね」

 母も言う。

 わかりにくくはこれからもやるだろう。今日のはあからさま過ぎたのだ。

 単に、女性陣全般の宣戦布告に対して、受けて立ってやるという応戦の姿勢を見せただけだ。

「私の時だって大変だったのよ。お父さんがまだ神社の中だったころから。そのあとは急に家長になってばたばたしていたし、全然気づかなかったでしょう?」

 母は父を、家族だけの時は「お父さん」と呼ぶ。

「知らんかった」

「まあ、相談役事務室が味方だったから、誰かといればすんだわよ。学校はもう行くのやめたしね」

「すまなかった」

「神様の御意向ですから」

 母は、わずか十三歳で妊娠、十四歳で私を産んだ。当時、親父は神宮様だったので、これも本人の意思だけの問題ではない。そもそも、母をそうやって送り出したのは、相談役事務室のしわざだろう。

 母は今も疑問にも何も思っていないようなのだが、それってかなり異常なんだけどね。

「まあなあ、当時の状況だったら、とっくにみゆなんか送り込まれてるよな」

「すでに送り込まれてますよ。神宮様がお相手なさらないだけです」

「そうだった」

 はい。うん、何も知らずに今の神宮様になってから、当番に入れられているからね。休みの日中も習い事とかあるから、当番はたいてい夜番。

 母は中学に上がってすぐから、夜番に入れられていたんだそうだ。具体的にいつからどうこうまでは、聞いてないけどさ。

 私も一応、相談役から説明は受けた。当番中は、すべて神宮様の御意向に従うように、と。

 よくわかってなかったけど、もしものときはそういうことだということだったんだよね。

 幸い、今の神宮様はまだ三十代だけど、そういうことはしない。たまに積極的に押しかけていく人もいるらしいけど、そういう人は夜番禁止令が出されている。ちなみに母は、朝番昼番も含め全当番禁止令を発令された唯一の人だ。ダメじゃん。

 親父と現神宮様の間には、二人の神宮様がいたけれど、いずれも五十代後半からのお勤めだったし、親父の時に女性陣を送り込むことを反対していた一派に属していたので、一切手を出すことはなかったらしい。

 そう、親父が神宮だった時には、相談役事務室の策略で、女性陣が送り込まれまくったのだという。

 下は中学一年生から、上は四十代の人妻まで。

 でもね、ただの七縛りでさえ、相手を選ばないと、深いおつきあいはできないわけよ。

 神宮様ともなれば、よほどじゃなければお相手はできない。よほど耐性があるか、よほど感知しないか、ね。

 結果、残ったのは二人の七縛りだけだったんだそうだ。

 もちろん、本人が拒否するものを、無理に送ることがなかったというのもあるらしいけどね。

 それで、お相手はまずはもう一人の七縛りに絞られ、後から中学に上がった母が入ったということだった。

 うーん、生々しい。

 巫女体質、というのが、あるらしい。母がそうだ。

 男性神宮様に侍るために生まれたような七縛りのことを言うらしく、母以外の七縛りさんもそうだったらしい。今はもう亡くなった方だそうなので、誰かは知らないけどね。

 そして、私もそうだろう、とは言われた。

 でも、私は、まったく現神宮様にそういった気持ちは、ない。

 ユキさんは新神宮様と呼ばれているけれど、私が好きになったのは、ユキさんに神様が入る前だしね。関係ないの。

 正直、私は結構、現神宮様には気に入られていた、と思う。

 夜番の時にはお夕飯やお酒のお支度から、布団敷きまでがお仕事だ。神宮様がお酒を飲むのに、おそばでおつきあいすることもある。もちろん飲まないで、お注ぎするだけだけどね。

 神宮様はたいていは手酌なのだそうだ。自分でご自由に、一升瓶選んで茶碗酒。

 私が行くと、ずっとではないけど、お注ぎさせて喜んでいる。と、思う。

 まあ、基本的におしゃべりをすることはほぼないので、想像だけどね。

 神宮様は、私とユキさんの結婚式を、とてもうれしそうにやってくれた。

 結構とんでもない力を持つお方だというのはわかっているし、実際お式の時もしっかりやってくれただけにパワー駄々洩れだったけど、親戚のおじさんがニコニコと世話を焼いてくれたみたいな感じもある。

 現神宮様は、ユキさんの叔父さんだしね、実際。

 そういう意味では、現神宮様のことも、好きだけどね。

「学校も、心配ねえ」

「まあ、なんとかなるよ。村以外の人の方が多いんだから」

「そうね。三年だし、年が明ければほぼ行かないんだものね」

「そうそう、それにみんな受験生だから、うちよりはマシだと思うよ。なんとかなるしなんとかするよ」

 受験勉強のストレス解消ができるというだけのことよね。

「で、明日だが」

 と、親父が明日の手順の説明を始めた。

 本来、神宮様は神社にいて、そこに相手が行く。なので、今回も、先にユキさんが奥御簾に入って、それから、私が呼ばれるらしい。

 そして、そこで昼まで過ごす。三家七家本家家長と母と相談役が立ち会う。急なので不参加のところもあるし、欠けている家もあるので、手前御簾で立ち会うのは、八人だけだそうだ。

 それだって、普通はいないだろ、とは思うけど。まあ、本当に何するわけでもないからね。

「お話でもしてればいいわけ?」

「一応儀式だからな、小さい声でな。馬鹿笑いとかするなよ」

 しねえよ。

 そんな説明を聞いて、寝坊するなよ、と部屋に戻るのを許された。

 両親の部屋のふすまを開けると、小さく、笛の音が聴こえた。

「ん? 笛か。神社の方か?」

 祭りは夏だし、練習がいるほどの儀式の予定はない。

 結婚式や祭禮で演奏されることはあるけど、練習は直前に音出しくらいだ。

「冬季だな、この音は。神社内なら吹けるのか」

 寒いのに、外にちらほらと人がいる。真似をして、玄関からサンダル履きで外に出てみた。

 聴こえる。ユキさんの笛だ。

 ユキさんは、新神宮になってからは、一切の演奏ができなくなった。笛でもピアノでも太鼓でも、だ。

 リズムをとると、なんらかの作用が発生するんだそうで、おいそれと検証もできないので一切やらないことにしたのだという。

 でも、ユキさんの笛は、元々祭禮の時くらいしか聴く機会はなかったけど、こうしてファンがついているほど、いい音がするのだ。

「神宮様の御所望かな」

 親父が、隣りに立って言った。

「なつかしいねえ。また聴けるとは、良かった良かった」

「あの中だけかもしれんがなあ」

 食堂帰りや仕事帰りの人たちなんだろう。気持ちよさそうに聞いている。

「こりゃもったいない。酒持ってくるわ、オレ」

「縁側開けろ」

「食堂行ってなんかみつくろってくるわ」

 うーん、親父ども、宴会モードかい。

 そう思ったら、二階の窓を開ける音もする。

 うーん、ばば様たちもかい。

 私は、溜息を落とす。始まったばかりなんだろうな、しばらく吹いてるかな。

「ちょっと行ってくる」

 サンダルのまま、私は歩き出す。

「どこ行くんだ?」

「神殿。舞の奉納でもしてくるよ」

「おお、そりゃいいや。お慰めしてこい、夫婦でな」

 秘密じゃなかったんかい、まったく。

 ご機嫌なおっちゃんたちに背中を押されるように、私は神社へ向かった。


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