婚約破棄は突然に。
『おじおいー叔父甥ー』や『百物語が終わる迄』に絡んだ登場人物です。
いろいろ脇の話が多いので、楽しく書いております。
女子高生のゆれる心を楽しみたいです。
部屋にいたら、母が来た。父が呼んでいると言う。
机に向かって受験勉強中だった私は、今忙しい、と返事をしたのだけれど。
「ユキちゃんがいるよ」と言われ、いかにも渋々という風に、椅子から立ち上がる。
ユキちゃんというのは、親戚で、神谷冬季という二十五歳の男性だ。
ちなみに、私のフルネームは神谷未冬、父は冬俊、母は冬沙、妹は、真冬。
うちは神社の神職の家系で、毎年お祭りがあるのだけれど、七年ごとに『七年祭』というのをやる。その『七年祭』の年に生まれた子供のうちある規則にあてはまる子供は、『冬』の字をつけるというルールがあって、しかも、できるだけこの年に子供を産むというルールもある。おかげで、みんな名前に『冬』がつく。
そのため、名前を呼ぶときは一部を省略するのが普通。そうでないと、『冬』と言った時点で八割方の親戚が振り返るからだ。
冬季さんは『ユキ』で、私『未冬』は『みゆ』。ちなみに七つ下の妹『真冬』は『まゆ』だ。
ユキさんは、うちの村では有名人だ。
あ、村といっても、うちはちゃんと伊真田市という市だから。もう、緒良田村という超ダサい名前じゃないから。ただ、昔の市町村単位でいう旧緒良田村が神社を中心にした村で、結構うまくまとまっていたもんだから、いまだにその単位で話が進むことが多いので、ついつい村と言っちゃうだけだから。
ユキさんは、十三歳の時に村を出た。その後十四歳から十八歳まで、修行に出ていた。
修行は神道系の修験道だという話で、よくわからないけど、師匠について山にこもっていたらしい。年に一回、お祭りの時だけ戻って来ていたけど、なんか、まとう空気が違っていた。
そもそも修行に出されたのが、うちの家系に憑く怨霊を退治するためだって話で、何言ってんだかって感じなんだけど。実際、何人もこれまで殺されていたんだそうだ。
ユキさんは育つうちに、うちの家系で数百年に一人と言われる強力な力を持って生まれた者だとみなされた。ただし、前回は百年くらい前に生まれている。その前は四百年前で、その前は千年前だそうだ。
うちの神様は昔、とんでもない怨霊だったそうで、その神様が暴れそうになると、そういう子が生まれるらしい。
つまり、百年前に生まれた時にも、その人が大人になってから、暴れかけた。
そして、そちらを治めてやれやれと思ったら、別の、家系に憑く怨霊が発生した。ユキさんは、そのために生まれた子だということになった。
正直、何言ってんの? て感じなんだけど。お墓参りをすると、実際に、同じ日に亡くなった人が大勢いたりするし、大人たちは実際にそれを経験していて、いろんな話をしてくれるので、まあ、あったのね、という感じだった。
私がそう、他人事でいられたのも、四年前までだ。
四年前にも、殺人事件があった。
本当に、怨霊はいた。
たまに祭りでみかけて、気の弱そうな地味なおじさんだなあと思っていた人が、お祭りのために神殿にそろっていた私たち親戚の目の前で三人を惨殺して、自殺した。前日に、ユキさんのお姉さん夫婦と、自分の同僚一人を殺して、お姉さんの子供の杞冬とユキさんに大ケガをさせた。
その二年後、ユキさんはその怨霊退治に貢献した。実際になんとかしたのはうちの神様だけど、親戚が一人死んで、ユキさんは重傷。ユキさんは二年分の記憶をなくした。
もうね、村の小説があったら、主役よね、主役。
だから、私の中でもユキさんは、ちょっと別格。
こんな田舎に引っ込んでいる身からしたら、東京のど真ん中で暮らしながら東京の大会社に勤めていて、怨霊退治までできるなんて、すごいとしか言えないじゃない。
いろいろ、村の外には秘密だから高校の友達には内緒なんだけど。親戚に好きな人がいるっていうのは、友達は知っているし、小学校中学校から一緒の友達は、それがユキさんだって知っている。
けど、ユキさんは、二年前に婚約した。記憶をなくすのよりも前から付き合っていた、同じ村の出身者と。
うちは、怨霊に祟られた家。だから、村の中心の家だとはいえ、よほど覚悟がないと結婚しようと思えない。だから、三家七家という村の中心の十家の中での結婚が多い。けど、その怨霊が退治されて、その心配がなくなった。途端、いろんな家の人たちが、ユキさんとの婚約を目指したらしい。
三家は神さまに仕える家。七家はその三家を支える家。うちは三家筆頭の神谷家。私の父親はその神谷家の家長。つまり、村の最有力者だ。ユキさんは傍系とはいえ、同じ神谷家の者。
神谷家の家長は子供に継がれるものではなくて、神様への貢献度の高い者が選ばれる。ユキさんは、長年、いずれ家長になるとみられていた。
だから、怨霊の心配もなくなったしと、覚悟の軽い者たちもその妻の座を目指そうとしたけれど、そのときにはもう、婚約は決められていた。みんなが敬遠しているうちからつきあっていた人と。
私はまだ中学生だったし、本気で狙っていたわけじゃなかった。けど、婚約したとい聞いた時、すごいショックだった。それで、自分で自分をごまかしていただけで、私は本当にユキさんのことが好きだったんだと、気づいた。友達と話す恋の話は、それまではなんとなく、だった。そこから、本気になった。
母親について行くと、床の間のある和室に、父とユキさんがいた。
その部屋は、ちょっと特殊な部屋だ。
和室で、二十畳もある。
広いけど、窓がない。
入口はふすま一枚だけ。一応、奥は外に面しているんだけど、その壁の向こうは崖で、壁の向こうに人間が入れなくはないけど、年一回の大掃除の時に崖の上から降りて入るしかない。
両脇の面は両隣に部屋があって、この部屋に面した一面はすべて押し入れになっているから、壁ごしに話を聞くことはできない。廊下側はふすま一枚だし、この部屋を使う時にはいつも誰か見張りが立つ。今日も二方向にいるのを見た。
そして、広い部屋の真ん中に座卓が置いてある。まず、外に声は漏れない。
なにごと?
「座れ」
父に言われ、床の間側に両親に挟まれて座らせられた。もちろん正座だ。
座卓の反対側には、ユキさんしかいない。ユキさんは、私が入って来たときに軽く会釈をしてくれた。
ちょっと困った顔で、それでも愛想笑いというか、やさしい顔をしていた。
ユキさんが怒っているのを見たことはない。いつも静かに、淡々とやるべきことをやっていて。それでも、挨拶やちょっとした会話はみんなと交わす。今よりずっと若い頃から、なにごとも、大人として対応している感じ。私にも同じ態度。ユキさんが同居している杞冬と、四年前に大ケガをした時に世話をしてくれた亜希さんとだけは、気安げに話すのが、ちょっと悔しい。
「未冬。おまえに来てもらった理由を、まず説明するから」
説教しかしゃべらない親父が、珍しく『説明する』なんぞというとは。
とにかく、この部屋を使うというだけで、ただごとではない。
この部屋は、神社関係の接待に使う建物の一階にある。その中でも、内密の話などで使われる。なんか、どっかの偉い人とかね。そういう人も来るんだ、うちは。私は姿を見ることもないけど、長年二階に住んでるからね、まったく何も知らないではいられない。
「冬季だが、二屋家の菜摘と婚約していたのは知っているだろう?」
「うん」
「うんじゃない、はいと言いなさい」
「はい」
やっぱ説教かい。いや待て、『婚約していた』? 過去形? まさか?
「まだ一部にしか知らせていないが、それが解消になった。婚約解消。冬季がフリーになった」
「はい」
まさかまさか?
「それで、おまえ、冬季と婚約しないか?」
きたーーーーーーーっ!?




