1話/散りゆく朱華(6/7)
6.
一方、実鈴は地下を飛び出そうとしていた。
それを実鈴の両親が止める。
「外に出ては駄目だ!連れ去られたら最後、帰って来れないぞ!」
「朱天鬼となれば、若い女に何をするか分からないよ!」
酷く取り乱す実鈴。
「放して!お父様、お母様!
泰寒様はもう動ける時間をとうに過ぎている!!
行ってあげなきゃ!」
実鈴は「ごめんなさい……」と言いながら、両親に小さな火の玉を投げて怯ませた。
その隙に階段を駆け上って地下を出る。
(岩戸にいる時からも、微かにしていたけど……凄い血の匂い……!一体どちらの?!)
石窟を出た先、見慣れた広場は赤一色になっていた。
顔見知りの鬼達のバラバラな遺体が散らばっている。
そして奥に見えるのは大鬼。
関緋だ。
理性を失った関緋は、傷の回復の為にある『血肉』を食していた。
『上半身だけになった泰寒』。
全身真っ赤で、白目を剥いて、舌をだらんと出していた。
実鈴は顔を歪めて涙を流す。
同時に、周りから炎の手が上がる。鬼や妖が得意とする鬼術だ。
震え、身を切るような叫び。
「放せ……!
泰 寒 様 を 返 せ っっっ!!!!!」
彼女は宙に浮いた。
体を青い炎に包み、姿を変える。変化だ。
現れたのは朱色の肌をした女鬼。
すらっとした四肢と、細い腰の輪郭が美しい。
天女のような妖艶さと、卑しい者を近寄らせない天神のような威厳が漂う。
曙のような光を放つ長い髪を放射状に広げて浮遊していた。
「変化シタ、オンナ……?!」
「何と優美な……。」
目を奪われる関緋とその仲間達。
実鈴は彼らに向かって両手を振り上げ、思い切り下ろした。
瞬時に空が曇り、雲の中で無数の赤い閃光が放たれる。
雨の如く降る炎の槍。熱くありながら、氷柱のよう鋭い。
それは朱天鬼達に突き刺さり、彼らを骨の髄まで溶かした。
下っ端は残らず焼き消され、関緋と側近の大志摩が生き残る。
彼らは同じく火の鬼術を放って攻撃を和らげる。
「関緋様に仕掛けるとは!何と雄々しい!」
と、感心する大志摩。
辺りは揺れる炎の稲田、もしくは風に揺れる彼岸花の群れか。
石窟から出る前に、実鈴の覚悟は決まっていた。
(もし、最悪の状況が待っていたら——。敵に囚われて飼われるくらいなら、鬼として戦い、敵の命を奪って死ぬ!
それが命懸けで戦った泰寒様への恩……。)
実鈴は燕のように素早く滑空し、関緋に突っ込んだ。
巨大で恐ろしい化け物をものともしない。
「泰寒様をぉ!!!返せぇっっっ!!!」
互いの顔がはっきりと分かる距離。
関緋にはその瞬間が止まって見えた。
麗しい鬼女が涙を流し、怒りで吠えている。
関緋という怪物に恐怖し、夫の死に狂い、それでも尚立ち向かう強さ——。
(俺を……見ているのか?
俺だけを見て、命を捨て飛び込んで来た……。俺の胸に……。)
関緋の母親は幼い彼がどんなに呼んでも振り向かなかった。
認識されず、温もりを与えられなかった切なさが彼の脳裏に蘇る。
関緋は手を伸ばし、実鈴を前から抱き締めた。
(俺だけを……見てくれる女……!!)
実鈴は関緋が放すまいと力を込めるので、胸が潰されて息が出来ない。
骨もミシミシ言っている。
「……っぁ!!!!」
本当は身が溶ける程の灼熱だというのに、動じない関緋。
痛みは彼にとって揺り籠か。
もがく中、実鈴は関緋の後ろ首に何かが巻き付いているのに気づく。
先程見た、泰寒の亡骸。
彼は残った腕一本で敵に絡み付き、息絶えていた。
その天晴な死に様に、実鈴は涙を堪える事が出来なかった。
「たい……かん様ぁ…… !」
(亡くなっていてもいい!最後に……その顔に触れさせて……!
いつも私と向き合ってくれた、その顔に……!)
彼女は最後の力を振り絞り、泰寒の顔に手を伸ばした。
やっと届いて頬に触れた瞬間、泰寒の体はマグマのようにドロドロに溶けた。
黄金の火の粉となって実鈴に降り注ぐ。
彼女に別れでも告げているかのように。
「ご立派……でした……、貴方を誇りに……思います……——。」
彼女の意識は途切れた。




