1話/散りゆく朱華(5/7)
5.
その頃、実鈴は両親や子供、年寄りと一緒に石窟の地下へ逃げ込んでいた。
泰寒との、別れ際の会話を思い出す。
『泰寒様……!
強い相手なのでしょう?!隣山の鬼にも協力を頼んだ方が……。』
『大丈夫だ。お前は見つからぬよう地下の岩戸へ。』
『貴方は「病」のせいで長くは戦えない!もしも相手がしぶとくて戦いが長引けば……。』
泰寒は幼い頃、人間が鬼避け目的で貼った魔除け札に誤って触れてしまい、全身麻痺を起こし生死を彷徨った。
その後遺症のせいで、長時間の運動をすると、まともに動けない状態になる。
それでも、泰寒は何も問題なさそうに笑みを浮かべる。
『平気だ!奴らを追い返して来る!』
彼は彼女を正面から抱き寄せると、互いの鼻を擦り合わせる。
実鈴も一緒に戦いたかったが、足手まといになるので堪える。
『ご武運を……。』
しかし、予想は悪い方に的中した。
数刻後。
山の峰で睨み合う両者。
2人とも、着物がボロ切れになる程破け、血で真っ赤だった。
髪色の朱色と見分けがつかない程塗れている。絵巻に描かれる猛々しい赤鬼そのもの。
周りは月面のように穴ぼこだらけ。
彼らは今まで一呼吸置く間も無く、己の四肢や角をぶつけ、鬼術(妖術)を撃ち合っていた。
息を乱し、立っているのもやっとだ。
泰寒は関緋に笑みを向ける。
「成る程……『天鬼全部を跪かせる』と馬鹿を言うだけある。」
余裕そうに振る舞ってはいるが、目の向きが怪しく、冷や汗を流している。
泰寒の異変を察し、歯を見せて邪悪な笑みを返す関緋。
「どうした朱華の長?先程は鎌鼬のような鋭い動きで捕らえられなかったが、段々動きが鈍ってきているではないか?」
泰寒はめまいでふらつくのを悟られまいと歯を食い縛り、両足で踏ん張る。
息を整えようにも、喉がヒュッヒュッと狭まってまともに息が吸えず、胸に鈍痛が走る。
(……思ったより早く症状が出たな。
だが朱天鬼のアイツに多く血を流させた……。弱っているのは奴同じ。
大柄なら、それを動かすだけの多くの血がいるからな。
鬼とは圧倒的な力と回復能力がありながら、それを支える血液が無くなってしまえば脆いもの……。
いける……仕留められる!!)
泰寒は手刀をつくり、爪を尖らせた。
関緋に一気に詰め寄り、拳を弾きあった後に鋭い一閃。
頸部を切り裂かれる関緋。
目を見開き、自分の鮮血を頭から被る。
「ウグゥっ!!」
体勢を整える泰寒。
(浅かったか……!
しかしこれだけ失血すれば、もう長くは動けまい!)
その身を更に真っ赤に重ね塗り、膝を突く関緋。
そのまま動けない。
……いや、拳を握っていた。
関緋は思い出していた。
幼い子供の頃、実の母親に虐待されていた時の事を。
いくら足掻こうとも、何度も何度も踏まれた。
息が出来ず、その怒りの行き場がなくて、狂いそうになっていた。
母親は彼にこう言っていた。
『雑っ魚……。
幾ら待ってやったと思うんだよ。全然強くならないじゃんお前。
鬼ってのはな、弱い奴は見捨てられる種族なんだよ……。
なあ、クソガキ。お前、死ぬか……?
死ぬのやだきゃ頑張ってくれよ。でなきゃ私がお前の父親にぶたれるんだよ……!』
過去の悲しみと怒りが蘇り、関緋は白目と歯を剥き出しにして叫ぶ。
「ソンナノ知ルカ……!俺ヲ……見下スナ!
雑 魚 ハ ッッッ オ 前 ダ ッッッ!!!」
彼は咆哮と共にその身を青い炎、鬼火に包んだ。
炎の中の影は巨大化する。
炎が消え、姿を現したのは大鬼。魔獣とも言うべきか。
よく絵巻などに描かれている、完全に化け物のあの鬼の姿に近い。
着物が消え、全身は硬い朱色の肌の裸体に。顔は虎か龍のよう。
太くて力強い四肢、背丈は泰寒の3回りもある。
額や頭部から生える龍の角のような突起は冠のように見え、朱色の鬣は龍の尾のように踊る。
鬼が真の姿に化ける事、これを『変化』という。
泰寒は唇を噛む。
「あれだけ血を失って『変化』だと?!」
関緋は理性を忘れ、その巨体を振り回して暴れ回る。
よろめきながら、攻撃を避ける泰寒。
(俺に……同じように変化をする体力は残っていない。それでも……!
すまない……実鈴。俺は最後に嘘を遺すだろう……。)




