最終話/忌み子は父を抱く(9/9)
9.
緋寒の中で、幼い頃に見た母の姿が花開くように思い出されては萎んで枯れた。
いつも話す時はしゃがんで目線を合わせて、優しい声で囁いてくれた。
緋寒と元実が喧嘩しないように、2人一緒に抱いてくれた。
兄弟が焼きもちを焼き合って喧嘩しても、叱らずに、2人の我が儘を沢山聞いてくれた。
食事をする時は、食べ物を食べやすく小さくしてくれたり、好きなおかずを分けてくれた。いつも自分が食べるのは最後だった。
風呂に入る時、髪を洗ってくれた時の手の感触が好きだった。
得意な事も、不得意な事も猶更、母に褒められると嬉しかった。
母を上手く笑わせられた時も、凄く嬉しかった
同時に、母が子供達の見ていない所で泣いているのは、何も手が付かない程悲しかった。
自分自身の事をいつも我慢して、こちらが心配すると平気な顔を作っていた。
自分達を寝かし付ける時の子守歌は……とても優しく、幸せそうだった。
でも、どこか直ぐに壊れてしまいそうで、悲しそうだとも感じた。
いつかの別れの時を思っているようで……。
『ねーんねーこ ねーんねーこ ねーんねこよー』
緋寒は母の細い声を思い出しながら口ずさむ。喉の奥が狭くなったような感覚を味わいながら。
「ねーんねーこ……。ねーんねーこ…………。」
涙はもう枯れている。
しかし、何度やっても、いつもの作り笑いが出来なかった。
***
戦いの地に赴こうとする鬼が一人。
大江の朝日を眺める緋寒。
風に三つ編みが揺れる。
彼はその三つ編みを手に取った。
母が編んだ、ただ一つの形見ともいうべきもの。
彼は晴天の空を見上げた。
「母上、そちらで自由を満喫しているか?
俺は空は飛べないが、上を向いて進む事はできる……。
せいぜい笑って、もがく俺達を見降ろしておれよ……。」
彼は無表情から笑みを作った。
「今行くぞ!まだ見ぬ鬼達よ!!
俺のこの笑みを剥がし、泣かしてみせろ……。」
彼の姿は朝日の眩い光の中に消えた。
側では、咲いたばかりのニッコウキスゲが揺らめいていた。
(最終話・完)
ニッコウキスゲの花言葉「日々新たに」「心安らぐ人」




