最終話/忌み子は父を抱く(5/9)
5.
冷たい隙間風が流れ込む、肌寒い夜。
城の地下にある酒呑童子、関緋の部屋。
かつて広くて豪華だったその部屋は、広さはそのままに、暗く殺風景な岩の牢屋になっていた。
関緋は手枷足枷を付けられ、壁に磔にされている。
乱れた髪と、クマの濃い虚無の目。服はボロの腰巻のみ。
彼は長期にわたる眠り薬の使用で弱っていた。
大半を部屋で半分眠らされて過ごし、必要があれば戦に駆り出される。
人間の戦争や闘技場で使われる猛獣のように。
そのように命じたのは元実だ。
鬼の天下統一を果しても朱天鬼の財政は苦しいまま。
よって「贅沢な隠居生活などさせる余裕はない」と無理矢理働かせている。
今までを思えば、このやり方に良心は微塵も痛まないだろう。
部屋ではほぼ昏睡状態。
目覚めれば戦いの痛み。
その生き地獄の中で、関緋を癒したのは思い出の中の実鈴だけ。
それも彼に嘘を吐いていた時期の。
彼より小さな体で懸命に全てを受け止めてくれた事が嬉しかった。
嘘とはいえ、微笑みかけ、優しい言葉を贈ってくれたのが嬉しかった。
彼女の腕に包まれる事で、この世に生を受けた自分を肯定できた。
子供の頃「親の言う通り、生まれなければ良かった」と思った自分を。
(もう一度……だけでいい……。嘘でもいい……。
あの温もりを……。
いや、許されないならせめて、大志摩、白妙……俺が離してしまった大切な者の手でもいい……。
誰か、もう一度……!)
その時、何者かの気配を感じた。
大志摩?白妙?いや、違う。
鬣のような髪を揺らして歩み寄る影。
揺れる三つ編みが獣の尻尾のよう。
客人は張り付いた嘘の笑みを向ける。
「よう、父上……。随分痩せたな。」
深く失望する関緋。
(よりによって……お前なのか……!!
『緋寒』!!!)
一番憎い、因縁のある相手。
関緋にとっての疫病神。
因果応報とはいえ、天が与えたあまりにも非情な仕打ちに、ただ泣き笑いをするしかなかった。
緋寒は蹴りで鎖を断ち切り父を開放する。
抱き起こし、今度は回復の為に自分の血を飲まそうとする。
「ほらっ!暴れるな。
男親に口移しで飲ましてやる程俺は優しくないぞ?流石に気持ち悪い。」
「むぅううっっっ!!!!ぁぐあああっ!!!」
この上なく拒絶する関緋の口をこじ開け、傷付けた手の平から血を流し込む。
「飯もろくに食ってなさそうな父上とやっても面白くないからな。
回復した父上と、血を失った俺となら力が釣り合うだろう。」
緋寒は仁王立ちで腕を組んだ。
何処から来るのか、その自信。
しかし、これが彼の構えだ。
まだ頭がぼうっとしている関緋。
(……ようやく死ねるのか。
しかし、最後顔を見合わす相手が緋寒……。)
長い間孤独だったので、緋寒、そして泰寒への憎しみは多少薄れていた……筈だった。
緋寒の不敵な笑みが、泰寒に嘲笑われているかのように見えて、殺意が沸々と湧き上がる。
(『人の女を奪った罰だ』……そう言いたいのか?!
確かに、実鈴が早死にしたのは俺のせいだ……。
だが、半分はお前が彼女の記憶にしがみついて、あの世へと足を引っ張ったからだろう?!
死人の分際で散々実鈴の気を引きおって……!!)
「お前に……お前だけには看取られてたまるかっ!!!!」
関緋は自ら殴りかかった。
全盛期の姿。憤怒の鬼神が蘇る。
40歳を超え、精神は壊れていても、肉体だけはまだ健在。
正面から腕をしっかりと組み合う両者。
ターンと銃声のような肉を打つ音。
放たれた覇気で部屋の壁にヒビが入る。
「そうだ!!父上!!
この瞬間の為、貴様だけを想って強くなった!!
『貴様を越えてやりたいと』!」
緋寒は興奮し、口が裂けそうになるほど口角を上げた。
2人は互の技を繰り出し合った。
角から火柱が立って揺れる。闘志と連動して具現化した鬼火である。
緋寒からは連続蹴りと爪での斬撃。
それと関緋の丈夫な関節を捻じ曲げる関節技の数々。
関緋からは大地を深く割る程の拳。
関節を外されようが怯まず噛み付いていく、隙のない、不屈の闘志。
関緋は全盛期も、今でさえも、何度叩き潰そうが沈まない驚異の生命力で恐れられた。
しかし、緋寒はその上を行っていた。
テクニックや戦略だけではない。
単純なしぶとさが関緋を上回ったのだ。
かつて関緋がそうだったように、父親の暴力から生き残った経験や、出会った強敵が、彼を不屈の鬼に変えたのだ。
血など繋がっていない筈なのに、受け継がれたかのように偶然生まれた、2人の共通点。『しぶとさ』。
緋寒は舞うように攻撃を避けては時折攻める。
揺れる髪。三つ編みは飛び跳ねる獣の尻尾のように動く。
怠そうな目で相手を見つめ、不敵に、艶やかに微笑む。
返り血が降り注ぎ、その血の化粧が彼を益々艶っぽくする。
筋骨隆々の体で、戦いという野蛮な行為をしながらも、時折天女のように優雅な姿。
関緋は戦いの最中、不思議なものを見た。
天女が舞うように戦う、『実鈴』の姿。
(実……鈴…………?!
……俺を殺しに戻って来たのか……?)
彼はよく目を凝らした。
緋寒の姿に、実鈴の幻が重なって見える。
(緋寒との戦いで彼女を思い出しただと……?!
俺の記憶にある、戦う実鈴の美しい……あの姿を……!)




