最終話/忌み子は父を抱く(3/9)
3.
孤独に耐えかねた関緋は思った。
「実鈴しか自分を満たせない。でも、代わりに彼女の血を引く子供達ならば、実は自分を満たせるのではないか」と。
きっと薬のせいで頭が回っていないのだろう。
勿論、自分が今までしてきた事を思えば虫が良すぎると考えた。
関係の修復は困難を極めるだろう。
だが、これは実鈴の償いにもなる。
そう前向きに考え、元実と緋寒を食事に誘った。
家臣達は猛反対したが、元実と緋寒は自ら承諾した。
広い食堂に、大きな石の長机。
一番奥に関緋、入り口側に子供達が席に着く。その間の距離は5メートル。
冷ややかな目を父に向ける元実。
緋寒は机に足を乗せ、不敵な笑みを浮かべて寛ぐ。
関緋はなるべく子供達に優しく話しかけるように心掛けた。もっと早くからやっていいものだが。
「お前達には数えきれない程、悲しい想いをさせた……。
母親の事も、お前たちに手を上げた事も……。
すぐに許されるとは思っていない。
だが、今は……お前達を実鈴の形見だと思い、大切にして償いたいと考えている。」
言うまでもなく、子供達がその言葉を好意的に受け入れるはずがなかった。
元実は眉をひそめた。
睨んだ顔が関緋にそっくりだが、氷のような冷たい雰囲気は、戦う時の実鈴によく似ている。
「つまり母上が死ぬ前は、父上は私達の事を大切にはしていなかった。
そして『ゴミ』か何かだとお思いだったと?」
「な、何?」
「いえ、良いのです。
私も、貴方のような方を父上だと思っておりません……。」
言い繕おうと焦り、立ち上がる関緋。
「待て!お前には俺と同じ血が流れている……!
本来は身を寄せ、信頼し合える親子だ!
分かり合えるはずなのだ!
やり直させてくれ……!」
虫の良い言葉。
元実は黒曜石の盃を握って粉々にした。
「『同じ血』……ですか。
同じ血が流れているなら、何の理由もなくどんな罪も許し合えると?
戯言を……!
父上、貴方は怒りで他者を離す事しか出来ない!それが貴方の血!
ならば貴方の血を引いた私は貴方と争って反発し合い、互いを遠ざけるだけの運命でしょう……!」
「よ、よせ!元実!」
言い返せない関緋。
「私はこの血を呪う……!!!!
母上を苦しめた貴方も!!
母上を苦しめて生を受けてしまった自分も!」
元実は立ち上がった。
戦いが始まりそうだと、やけに楽しそうな緋寒。
関緋は実の我が子にさえ敵意を向けられ絶望する。
自分の撒いた種だと後悔するのが遅かったようだ。
(俺の両親と同じ……!
殺し、憎しみ合うしか道が無い……。
俺が自分の両親を殺したように、今度は俺が、こ、こ、殺されるっ!!)
戦いは避けられず、関緋は子供達の相手をせざるを得なかった。
死にたく無かったからだ。
関緋は怯えた目で、元実と緋寒が動かなくなるまで殴った。
子供達は血塗れで何度も立ち上がって、吠え、父に向かって行く。
元実は血塗れで吠える。
「自分の子供を殺してでも、生きたいのか……?!
だったら、こっちはクソ野郎のお前を殺してでも生き延びるっ!」
震える関緋。
(これが俺の運命?
何故……?)
そう思いかけて、白妙の言葉を思い出す。
『いわば「呪い」なんだよ!!
親のお前から与えられた痛みを自分の子供に与え……、そしてその子供達がまた同じように自分の子供達に痛みを与えたら!?
何処かで終わらせなければ、痛みの連鎖は永遠に続く!
誰かにそんな重い呪いをかければ、それ相応の報いを受けるだろう!!』
彼は己の多くの罪を、今、やっと理解した。
しかし、生存本能は戦いを続けさせる。
関緋は元実の首を思い切り絞めた。
(やめろ……!やめてくれ……!もう動くな!
俺を殺さないでくれぇ!)
「父上ぇ……いつか……絶対、殺してやるからなっっっ……!!」
元実は無念そうに気を失った。
首には焼きごてでも押したかのような、首を絞めた痕ができていた。関緋が無意識に手から熱を放っていたようだ。
関緋は怯えたように、元実を床に落とした。
恐怖から、「とどめを刺さねば」とまで考える。
その時、今度は緋寒が反撃してきた。
「俺とも遊んでくれよ!父上ぇ!!」
緋寒は傷の痛みを物ともせずケラケラと笑っていた。
瞳だけが無感情で冷ややか。
踵落としで放たれる、虎の前足引っ掻きのような重い斬撃。
関緋の背中から血が飛び散る。
関緋は恐怖の中、無我夢中で緋寒を捕まえた。
片手で首を持って吊り上げ、動けなくなるまで緋寒の腹に何発も岩石のような膝蹴りを入れる。
床に投げ捨てられる緋寒。
頭から血を流し、笑いながら起き上がる。
「ハァハァ……アハハハ!
そんな風に俺や兄上に当たり散らしたって仕方ないじゃないか。
母上がそう仕向けたにしても、母上をその手で殺したのは父上だ。」
「だ、黙れっ……!」
「母上に頭を撫でて貰いたいのか?腕の中に抱かれて乳をしゃぶってさ。
ふふっ……クッソ情けない雄鬼……。」
関緋の中で、緋寒の蔑む目が、泰寒の目と重なる。
当初の仲直りという目標は、頭の中から消し飛んだ。
「っっっ……!!!!」
牙を剥いて緋寒の横腹を蹴飛ばす。
しかし、緋寒は攻撃を喰らえば喰らう程大笑いし、何度も立ち上がり続けた。
「父上ぇ……俺は諦めないよ。
父上を倒すまで、もっともっと戦って強くなる……。
楽しみにしていてよ……。アハハハハハ……!!」
関緋は表情を凍り付かせ、手を上げるのを止めた。
「ひ、緋寒、お前も俺が憎いのか?!
実鈴を、母を殺したから!!」
いきなり無表情になって首を傾げる緋寒。
「憎い……?
もう戻らない母上を想い続けて何になる?
俺が出来る事は、強く、楽しく、長く生き残る事だ。それは母上の望みでもあるからな。
それと、俺は父を負かしてみたいんだ。
これだけの大きな壁である父を倒した時、どれだけスカッとするのか……。」
関緋は緋寒の底の知れない感情を恐れた。
父を倒すと言いながら、恨みや怒りではない無の顔でいるのに背筋が凍る。
「や、やめろ……!来るなぁ!」
彼は子供達から逃げるように走り去る。
すれ違う家臣達の失望の顔が、胸に突き刺さった。
こうして残された子と父は完全にバラバラになった。
元より一つになった事などないが。
その後、元実は大志摩や赤鐘を率いて独自に軍を強くし、朱天鬼の勢力を広げた。
そして、緋寒は殆ど城に戻る事はなくなり、自分を高める強い相手を求めて世を駆け回った。
その何年後か――。
関緋は最後の赤鬼の一族を討ち負かし、掲げていた鬼の天下統一を果たした。
しかし、それを側で称える者は誰もおらず、その後は部屋で一人寂しく過ごす。腫れ物の老鬼として扱われて。
側に誰か置きたいと言っても、家臣からは「貴方はお強い。よって誰かが守る必要もありませぬ」と断られた。
関緋の部屋。
彼は盃に酒を手酌で注ぐ。
雨漏りの雫がポタポタと盃に落ちて、波紋が広がる。
「見ろ、実鈴……。
この波紋の美しき事……。
おまけにこの雨の音……。とても心地良いものだ。」
彼は目の前の実鈴に話しかけた。
『随分と平凡なものをお好みになるのですね。』
彼女はクスリと笑う。
彼が頭の中で作り出した実鈴の幻だ。
彼の目の前には誰もいない。
彼は微笑み返す。
寝間着姿のまま。やつれた顔。
不要になった強靭な肉体だけが、重そうに骨に纏わりついているだけ。
「そうだ……。この世に多くのものなど必要ない。
この手で掴める、僅かな温かい何か。それだけで良い……。」
彼は彼女に触れようとした。
しかし、その手は彼女をすり抜ける。
彼はバランスを崩して転んだ。
盃も落とす。
酒の入っていた徳利は空っぽ。最後の一杯だった。
酒は倹約の為、侍女に頼んでも滅多に貰えない。
彼には広すぎる牢屋。
本当は酒呑童子の部屋なのに。
彼は孤独で胸が苦しくて起き上がれない。
「誰か……来て……くれ……。
誰か……――。」
呻き呟く。
雨漏りの雫が目に入り、それが溢れて頬を伝った。




