最終話/忌み子は父を抱く(2/9)
2.
実鈴の死後、関緋がどうなったか語らねばならない。
実鈴が死んだ後、関緋は彼女の遺体が置かれた安置所から離れなかった。
飲まず食わずで数週間、固く冷たくなった彼女にボソボソ話し続けた。
家臣の話はまるで耳を通らない。
屍に卵を産み付けようと寄ってくる小蝿。
遺体が腐って膨張し、虫が湧き始めた頃、生前の美とは程遠い彼女の姿を見て、彼はようやく離れた。
だが、彼女の死を完全に受け入れられはしなかった。
ひたすら悲しみから逃避を続ける。
じっとしていれば孤独感と罪悪感に押し潰され、狂いそうになる。
よって、まず戦いに溺れた。
ひたすら敵を倒す事に頭と体を働かせ、敵から受けた痛みで現実を忘れる。
返り血の温かさが、麻薬のように一時的に彼の孤独を埋める。
勝利。また勝利。
その猛進っぷりに、朱天鬼に逆らう一族はいなくなり、反対に自ら降伏する鬼達が増えた。
皮肉な事に、関緋が実鈴を失った事は、朱天鬼にとって良い結果をもたらした。
しかし、戦っている時の彼に、家臣は誰一人近寄らなかった。
古い友人であり、忠臣だったはずの大志摩さえも。
敵味方の区別がつかずに暴れる関緋。
それに巻き込まれて死ぬのは皆御免であろう。
戦が無い時はもっと地獄だった。
愛情への激しい渇きが、闇雲に人肌を求めさせる。
戦で連れ帰った女鬼や人鬼を床に呼ぶのだが、直前で「彼女と比べ者にならない」と失望で狂いだし、体を重ねる前に殺してしまうのだ。
そればかりか、白妙まで無理矢理襲おうとした。
過去に二度も自分から彼女を拒絶しておきながら。
「白妙……やはりもうお前しかしない!
もう一度やり直させてくれ!」
半分泣きそうな声で白妙を背後から抱き締め、唇を奪う。
極度の飢餓で泥水や石を口に入れてしまうように、愛と母に飢えて彼女の胸や尻を掴む。
白妙は身じろぎし、彼の舌を噛んで、足を踏み付け、更には局部を蹴り上げて彼から離れた。
白妙は背を向けたまま、同じく泣きそうな声で言った。
「私は……!
この腕で、母を失った元実や緋寒を抱き締めてやらねばならない……。実鈴の分まで……。」
完全に想いが断ち切れたのか、それ以降、白妙は一切関緋の名を口にしなくなった。
以前より増して手が付けられなくなった関緋に見兼ねた家臣達。
赤鐘の助言で睡眠効果のある薬湯で彼を大人しくさせる方法に落ち着いた。
密かに食事に混ぜて飲ませるのだ。
戦がある時まで絶やさないように与え、なるべく無気力状態にさせた。
尚、長期的な多量摂取で薬害を起こすかどうかなど知ったことではない。
赤鐘は人鬼に薬の煎じ方を教えながら考える。
(ここまで来たらこっそり毒殺した方が皆幸せでしょうが、困った事に鬼にはあまり毒が効かないようですからねえ。
この眠り薬も人間なら肺臓が動かなくなる程の分量が、あの程度で済んでますし。
しかし、これも全部の鬼の一族を制圧するまでの辛抱。
それが終われば今度は元実様の天下。人間を打ち負かす戦が待っています。
その時は用済みの暴君には舞台を下りて貰いましょうか……。)
広い部屋の、広い寝台に、一人だけの関緋。
実鈴がよく着ていた白い着物を抱きながら、虚無の瞳で部屋の壁を見つめていた。




