6話/紅の刃を託して(10/10)
10.
鬼には埋葬や弔いという文化が無い。
弱ければ死ぬ。負ければ死ぬ。
弱き者にしてやる事は何もない。
死者も生者の足を引っ張る事を望まない。
よって、遺体を大地にそのまま還される。
葬儀はない。
例外として、身分の高い鬼は安置所のような場所をもっている。
人間の古墳にも似た、土と岩の簡単な竪穴。
実鈴はそこに安置された。
死亡によって変化は解かれ、元の姿になっている。
微笑みながら眠っているような顔をしていた。
「死んでいる時の方が良い顔をしているなんて……。
悲しいだろ……。実鈴。」
白妙が呟く。
隣には関緋がいた。
魂が抜けたような顔をして、腰が抜けたように座り込んでいた。
一度は「殺してやる」と思った相手。
しかし、本当は彼自身がそんな事を望んでいなかったとやっと気付いた。
そして、自分が彼女を死に追いやった事も。
今となっては緋寒の事など些細な問題だと気付く。
『ただ、彼女に愛して欲しかった。
本当はそれだけの事だったのに、何故止まれなかった?』
ああ、愚か。
何もかもが遅すぎた。
しかし、今どんなに優しい言葉を投げかけても彼女にはもう届かない。
自分の問題から逃げ続けた罰である。
尚、決闘の結果は掟で誰も責める事が出来ない。
誰もがこの夫婦喧嘩、いや、関緋の妻殺しについて黙っている。
実鈴の死後、用事で出掛けていた子供達も知らせを聞いてすぐに集まった。
元実は赤鐘や少数の家臣を連れて戦に出た帰り。
緋寒は修行で東から帰った所だ。
皆、実鈴が決闘を挑もうとしていた事を知らなかった。
子供達や大志摩、白妙、人鬼の鴇羽さえも。
実鈴は誰にも話していなかった。
自分個人よりも朱天鬼一族全体の事を案じ、戦以外の面倒をかけたくなくて黙っていたのだ。
ただ皆、決闘のきっかけについて大方見当は付いていた。
およそ緋寒に手を上げた事だろうと。
それなら尚更、起こるべくして起こったというべきか。
ただその結果、死んだのは彼女の方というのに後味の悪さを感じた者は多かった。
元実は母の遺体の前で跪き、床を殴った。
床を殴って、殴って、その痛みで涙を忘れようとしたが、涙は流れ落ちてしまった。
「俺が奴を倒すから……。きっと……!」
周りに聞こえないようにボソボソと何度も呟く。
元実は今日初めて自分の率いる隊で敵を攻め落とした。
その知らせが母の耳に入れば良いと思った矢先がこれである。
一方、緋寒。
兄の隣で、無表情で俯くのみだった。
「母であり、師でもあるゆえ、もう一度手合わせをしたかった」と、ぼんやりと、働きが鈍った頭で何度も考えていた。
彼は大志摩達から母が父と戦った時の事を聞いた。
頭の中でその勇ましい姿と、演技して関緋の機嫌を取って子供を守っていた昔の彼女の姿を比べる。
ぽつりと呟く。
「母上、やっと自由になれたんだな。
俺も自由に戦っている時の母上がきっと好きだ。
だが……生きながら自由になれなきゃ、意味は無いんだよ。」
声が震えてしまう意味を、彼自身が理解していなかった。
悲しんでいるのは子供達だけではない。
鴇羽――。
彼女は本当の想いを伝えられず、主を失った。
彼女は実鈴の部屋の床で屍のように仰向けになっていた。
遺品の整理など進むはずがない。
契約の証があった薬指をぼうっと見つめる。
決闘の前、実鈴は術で彼女を眠らせた。
鴇羽なら決闘に割り入ってでも実鈴を守ろうとすると思ったからだろう。
彼女は鴇羽に死んで欲しくなかったのだ。
(私は卑しい人鬼。
実鈴様へ本当の想いを伝えるのは許されない。そんなのは承知していた。
想いを隠して生きる事も覚悟していた……。
……それでも、……先に逝く事だけは、して欲しくなかった。
もし私達がお互いに愛する者同士だったら、実鈴様は共に逝く方が幸せだと理解してくれたでしょうか……?)
目を腫らしても、腫らしても、涙は止まらない。
どれだけ疲れ果てても。
緋寒と元実は久しぶりに中庭に行った。
昔、母と過ごした場所。
今は2人だけ。
背中を向け合って、それぞれの石の椅子に座る。
「兄上……母とは何だ?
母はどんな屈辱を受けても、弱者である子供を守ろうとする。
弱い者は殺されても仕方のない鬼の世で、子供は例外としてそう扱われる。
母は子供を産んで守る事を強要させられる。
……では、それは何故だ?
何故、母親は余計なものを背負わされる?」
元実は力無く答えた。
「男の俺に聞くな……。」
緋寒は母が編んでくれた自分の三つ編みを手に取った。
体がとても寒いので、首にそれを巻き付ける。
「母上……こんな風に自害しなければならぬなら……俺などという重荷など、とっとと捨てて自由になれば良かったな……。
俺は……そうされても恨まなかった……。」
弟の独り言を聞き、元実は声を殺して涙を流す。
幸い背中合わせなので、顔を見られず済む。
緋寒は三つ編みの温もりを感じ、続ける。
「こんなに虚しいものなのなら……次はもう母親になど生まれて来るなよ……。
それが叶わぬならせめて、今度はもう少しいい加減で、自由気ままな母として生まれて来い。
俺達にとっての母親は……それでも良い……。
もう我慢するな……。鬼なのだから……。」
彼は口角を上げて笑おうとした。
しかめっ面になりそうだったからだ。
しかし、どれだけやっても口角は上がらなかった。
(6話・完)




