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朱華の鬼母子は父を討つ  作者: 参望
6話/紅の刃を託して
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6話/紅の刃を託して(7/10)

7.

 緋寒が襲われてから早一ヶ月。

 


 朝。

 実鈴は石の寝台の上で目を覚ます。

 ここに連れて来られてから変わらない、牢屋には見えない豪華な部屋。窓は無い。


 鴇羽がぬるま湯入りの手桶と手拭いを持って現れる。

 にこやかに会釈する。

「おはようございます!奥方様。」

「おはよう、鴇羽。

 あら、今日のお湯はいい香りね。」

「ええ。ゆずの皮を入れてみました。

 飾りで添えているのはキンモクセイです。」


 実鈴は湯で顔を洗い、地下にある滝に向かった。

 水垢離をして精神統一した後、ヨガのような体操をする。


 腕力よりも妖術が優れている彼女にとって、精神を研ぎ澄ますのと体を柔軟にして気の巡りをよくする事は、筋力を使う鍛錬よりも効果的だった。

 城の外で戦うようになってからというもの、彼女はこの朝の鍛錬を欠かさずやっている。


 鍛錬が終わると、部屋に戻って朝食をとる。

 テーブルの上にはお膳に乗った梅粥と干した果実、薬茶。そして端の方に花器に生けたニッコウキスゲの花。

 鴇羽は実鈴の話し相手をしながらお茶のおかわりを注ぐ。


 実鈴は鴇羽と出会った頃の事を思い出す。

(本当に、鴇羽には助けられた……。

 関緋様に攫われてここに来た時、この子が優しく気遣ってくれなかったら、私は今頃頭が変になっていたかもしれない……。

 子供を産む時だって、きっと上手くいかなかった……。

 そよ風に吹かれる野花のようなこの笑顔に、傷付いた心が何度癒された事か……。

 それだけではない。何度も私の為に怪我を……。

 なのに一言も不満を漏らさず、私の側にいてくれる。)


 実鈴はニッコウキスゲの花を見る。

 実鈴の故郷でも咲いていた彼女の大好きな花だ。

 鴇羽はそれをわざわざこの大江の山から探して摘んで来てくれる。


 実鈴は茶碗を受け取る時、鴇羽としっかり目を合わせて礼を言う。

「鴇羽。いつもありがとうございます……。」

「え?いえ、そんなっ!!

 勿体なきお言葉です……。」

 鴇羽は照れて頬を染めた。

 控えめに茶碗を両手でそっと受け取る。

 実鈴はそれを見て、袖で口を隠しながらクスクス笑う。


(人間には『姉妹』というものがあるようですけど、鬼は女の子が2人以上生まれる確率は極めて低い……。

 でも、鴇羽のような妹、もしくは娘がいたらきっと楽しかったでしょうね……。)




 実鈴は鴇羽を従えて散歩に出た。

 廊下を静かに歩く彼女に、通りすがりの家臣や侍女が恭しく跪く。

 彼女が関緋の女だからと言うよりも、彼女個人の美しさ・強さ・優しさを認めているのである。


 実鈴は彼らを隈なく観察した。

(戦が激しくなっているのかしら。

 よく見かけた子がいなくなった……。特に若い子達が。

 ……不思議ね。かつて朱天鬼に自分の故郷を滅ぼされた身なのに、この方達の身を案じている私がいる……。)




 彼女は元実の部屋へ向かった。

 24畳程の、翡翠の石畳を惜しみなく使った豪華な部屋だ。


 元実は翡翠のテーブルの前で腰かけ、誰かと話していた。

 入口付近にいた大志摩と白妙が先に実鈴に気付く。

「おお!奥方様!どうされました?」

「よう実鈴。面白い時に来たな。」


「おはようございます、お二人とも。

 元実の様子を見に来ました。

 戦いの稽古も、勉強もよく頑張っていますからね。

 あら……?あの向かい側の方は……人鬼でしょうか?」

 振り向く元実。

「ん?母上か。

 紹介する。僕……いや私の新しい人鬼『赤鐘(あかがね)』だ。」


『赤鐘』と呼ばれた一本角の美青年がにこやかに、そして深々と会釈する。

 髪はサイド分けのショートボブで黒い小袖を纏っている。


「お初にお目にかかります、奥方様。

 『赤鐘』と申します。

 人間だった頃は東の天竜の国で軍師をしておりました。

 人間の知恵など小賢しいものではございますが、私めの策士としての経験や兵法の知識が天下統一の手助けになる事を願っております。」


 詳しく説明する元実。

「この間戦に出た時、一人山で隠居して暮らしているのを見つけた。

 この者自ら私達の前に現れて、人鬼になりたいと名乗り出たんだ。

『鬼の方が寿命が長く、長く軍師をやっていられる』と言ってな。」

「そうなの。関緋様は何と?」

 実鈴の問いに大志摩が答える。

「『少しでも妙な真似をしたら殺せ』と。

 興味が無く、どちらでも良いようです。」


「それより、赤鐘」と元実。

「朱天鬼の兵力を増やすのに何か良い案はないか?」

「そうですねぇ、まずは朱天鬼が得意な事と持っているもの、反対に不得意なものと無いものを細かく整理してみましょうか。

 利用できるものが見つかるかも。」


 家臣と一緒に生き生きと話す息子を見て、実鈴は安心そうな顔をした。

「良い方達に恵まれましたね。

 大志摩様といい、白妙様といい、貴方は周りを大切にして本当に上手くやっています。

 貴方ならきっと、良い長になれますよ。

 自分を信じてお進みなさい……。」

「ああ。母上はもう子供の事は放っておいて、新しい趣味でも探すがよい。

 心配しなくても私が酒呑童子を継いだら、ちゃんと老後も養ってやる。」

「ンフフ……!ありがとう。」


 実鈴は跪き背後から元実を抱き締めた。

 元実は驚いて椅子からひっくり返りそうになる。


 実鈴は我が子に悟られまいとしていた。

(もっと強く長く抱き締めたら、この子に分かってしまうかもしれない……。)


「は、母上!!いい加減子離れしてくれ!これじゃ家臣に示しがつかん!」

「はいはい、ごめんね♪」

 顔を真っ赤にした元実からパッと離れる。

 そして、にこやかに手を振って踵を返した。


 白妙は「ホホホ~赤くなりおって!久しぶりに母上におしめでも替えて欲しいかあ~?」と元実を茶化す。

 元実は苛立って仕返しに彼女の尻を蹴る。

 白妙は「このマセガキぃ!!また尻か!」と、更に仕返しで彼の尻を叩く。

 腕を組んで「ほっほっほっ」と翁のように笑う大志摩と赤鐘。


 実鈴は楽しげな会話を聞き、満足したように去った。


 


 実鈴は次に「見回り」だと言って近所の森に出かけた。

 緋寒に会いに、だ。

 

 彼女は緋寒が寝床にしている木を見上げた。

(今日もいない……。やはり、遠くに行ってしまったのかしら。

 当然ね……もうあの子にとって私の側は危険だから……。)


 その時、風に混じったある匂いを感じ取る。

(大量の血!それと……!)


 実鈴は森の奥へ進んだ。


 開けた場所に出ると、野良の鬼の死体が数体転がっていた。

 その中央に佇む血塗れの緋寒。

 笑みを浮かべ、息を整えている。

 戦いの相手として、たまたま喧嘩を売って来た野良鬼を倒したのだ。


(いた!)

 実鈴は彼に歩み寄る。

「少し見ない間に強くなりましたね。緋寒。」


 緋寒は彼女に気付くと、作り笑いをやめて無表情になる。

 実鈴は肩や腕に触れた。

「締まりの良い、良質な肉になりましたね。

 そして角が太くなったと言う事は、妖力を多く出せるようになったと言う事です。」


 緋寒は攻撃前の虎のように瞳孔を細くし、いきなり実鈴に蹴りかかった。

 実鈴は素早く彼の蹴りを両手を開くようにして弾いた。

 髪一つ、息一つ見出さず、しかもしとやかな動きで後ろに跳び、冷静に距離をとる。


「気安く触るな。」

 緋寒は苛立ったような顔をした。


 実鈴は臆せず横に立つと、血だらけの彼の髪に触れた。

 緋寒はそれ以上は拒絶しなかった。

 母の手の感触を感じ、目を細める。


「さあ、御髪(おぐし)を洗いましょうか。」

「……やりたいなら勝手にやればいい。」




 2人は近くの河原に向かった。

 清流が日の光でキラキラと光っている。


 石の上にしゃがむように座った緋寒。

 実鈴は彼の長い髪を丁寧に梳いて洗った。

「汚れがすぐに落ちて無くなる程、艶が良くなってますよ。

 肉体が健全な証拠です。」

 嬉しそうな実鈴。

 口調は静かだが、我が子の成長に胸が高鳴っていた。


 実鈴は続ける。

「緋寒……。このままもっと、何処までも……高みへお行きなさい……。

 自由に駆けまわる為の手足を誰にも奪われない為に……。

『貴方の父上』の分まで。」

 

 首を傾げる緋寒。

 実鈴は泰寒の事を言おうか言うまいか迷った。


(本当の父親を知ったら、この子はどうするでしょう……?

 朱天鬼を滅ぼすでしょうか?

 ……。

 真実を知るのは私だけではない。流れに委ねましょう。

 今更復讐など、この子の自由に重りを付けるだけね……。)

 と、そのまま黙る。


「母上、言われなくても俺は強くなる……。

 俺が苦戦して笑顔を失くす事がなくなる程もっと。

 それは笑顔が顔に張り付いて、戻らないくらいにな。

 それが俺が楽しい事。生きる喜びだ。」


 緋寒は母に余裕の証として作り笑いをしてやろうと思った。

 しかし、どういう訳か笑えない。

 母の手がやたらくすぐったく、眠く感じた。




 暫く後――。

 実鈴は緋寒と別れた。

 安全の為に関緋に近寄らないようにと約束させて。




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