6話/紅の刃を託して(5/10)
5.
城の地下にある、大空洞。
身分の高い天鬼によって修練場として使われている。
篝火が数本のみの薄暗い空間に響く声。
少年の呻き声だ。
「ウッ!!……ガッ!!……っおっっっ!!!」
石畳に流れる赤い液体。
石畳の境の溝を通り、端の排水路へ。
血だ。それも多量の。
その血が流れ出る場所を辿った先に、仰向けに横になっている緋寒。
体中赤紫のアザと血だらけで、頬や目も腫れている。
興奮した様子でそれを見下ろす関緋。
瞬きをしない、憤怒の顔。
これでも足らず緋寒を踏みつけようと足を上げるが、大志摩が必死でしがみついて止める。
「関緋様!
いくら強い鬼になって貰いたいからと言って、稽古でこれはやり過ぎですぞ!」
「放せぇいっっっ!!!
これしきに耐えられないようでは朱天鬼を名乗る資格は無い!!」
一方、元実もいた。最近は大志摩に付いて歩いている。
怒る父にトラウマがあるので、冷や汗を流し、距離を置きながら緋寒を抱き起そうとする。
関緋は大志摩を振り払い、実子の元実も容赦なく蹴り飛ばす。
「邪魔をするなぁっっっ!!」
「ぅわぁっっっ!!!」
元実は腕で腹や首などを守ったものの、数メートル先まで突き飛ばされた。
そして元実に駆け寄る実鈴。息を切らしている。
鴇羽から「関緋が緋寒を戦いの稽古に誘った」と言う話を聞き、嫌な予感がして急いで走って来たのだ。
「元実!大丈夫……?!」
彼を抱き起そうとするが、元実は遠慮するように自分で起きた。
「大丈夫だ……。母上、危ないから戻れ。」
関緋は実鈴の姿に気付いた。
実鈴に嘘を吐かれていた頃の彼なら、実鈴との「子供に手を出さない」という約束を気にして言い訳をしただろう。
だが、今は激しい憤りもあって、ある意味開き直っていた。
実鈴は直ぐに血塗れの緋寒に駆け寄る。
「なんて……ひどい……!!緋寒!」
変わり果てた姿に、息を止めた。
抱き起そうとする彼女に、関緋は怒声を浴びせる。
「下がっていろっっっ!!!
父親のやる事に母親が口を出すなっっっ!!!」
信じられない発言に、彼女は思わず言葉を失くす。
「これが父親のやる事ですって?!」
「年頃ゆえ、戦いで生き抜けるように鍛えてやっているだけだ……!!
そうしてみたら、この軟弱さよ!!」
「だからと言って、大人が子供相手にここまでするものですか!」
勿論、『稽古の為』と言うのは彼の嘘だ。
本当はただ緋寒が憎くて手を上げた。
緋寒は実鈴に心から深く愛され、しかも、緋寒は関緋の子供ではなく妻の前の夫・泰寒の子。
そして、緋寒は泰寒にそっくりだ。
子供の頃はまだ良かったが、大人になるにつれ男の体になり、容姿、体格、声、全てが泰寒に近付いている。
関緋は朱黒の時と同じく、緋寒に実鈴を奪われた気がして感情が激しく暴走していた。
しかし子供が母親を奪うなどおかしな妄想である。
愛が足りていないゆえにそんな考えになるのか、関係なく根本的な欠陥があるのか。
両親が言い争っていると、緋寒が目を開けた。
母の脇をすり抜け跳び、関緋の肩に近い腕に両足を絡ませて組み付く。
手首の辺りを両腕でしっかり固める。
更に勢いを付けて関緋の肩を捩じるように回転を加えた。
腕の関節破壊を目的とした組み付き。
「母上じゃなく!俺を見なよ!
父上……!!」
関緋は目を見開きよろめいた。
(先程は一発も俺に技を入れられなかったというに!
故に裏をかかれ放たれた、たった一発の不意打ちが憎たらしい!!)
関緋は素早く肩の回転を逆回転させて戻すと、緋寒の首根っこを掴んだ。
緋寒の頭を何度も床に叩きつける。
「やめてぇっ!!」
金切り声で叫び、関緋にすがる実鈴。
「お止めください!
こんな事が噂として広まれば家臣達の信用も失います……!」
大志摩も組み付き、巨体の暴走がやっと止まる。
代わりに、関緋は緋寒の三つ編みを掴んで吊るし上げた。
緋寒に顔を寄せて睨む。
緋寒は血をゲホゲホ吐く。
折れた歯や鼻、噛んだ舌は再生中だ。
こんな姿になっても、反撃を恐れず義理の父を鋭く睨む。
牙を見せて呻る関緋。
「そのしかめっ面が……気に入らんっっっ!!
二度と睨めないように目玉を抉り出してやるっっっ!!!」
その時だ。
関緋の腕に炎の棘が刺さる。
実鈴が技を放ったのだ。
関緋が一瞬ひるんで緋寒を放すと、彼女は我が子を抱き留めた。
関緋に背を向けて庇う。
実鈴は堪えていたのか、奥歯を噛み締め、静かに涙を流していた。
激昂した関緋の反撃があったとしても、緋寒を守って黙って死ぬつもりだった。
関緋も怒りで顔を歪めたまま、涙を流す。
(出会った時から変わらない……。
あんなにお前を想ってきた!
なのに、遠い……。遠いままだっっっ!!!!!)
関緋は実鈴の腕を引いて振り向かせ、その頬を引っ叩いた。
力は抜いている。
実鈴は彼に顔を向ける。
彼女は睨んではいないが、憐れむような顔だった。
昔の彼女なら子供の為に感情を爆発させて暴れただろう。
しかし今は、自分の考える常識や理想の通りにならない事で苛立つのを止めた。
関緋に対してはあまりにも無駄だからだ。
長い間彼の相手で神経を擦り減らせてきた結果、他人は自分の通りに変えられないと痛い程悟ったのだ。
疲れ果て、抵抗する気力を失ったともいう。
そして彼と同じ『怒り』と言う土俵に乗らず、こうして一歩引いて彼を俯瞰で見つめているのだ。
突っぱねる訳でもない彼女に、関緋は震えながら彼女の肩を抱き、屈した。
失望なのか、悟ったのか。虚無の顔に変わっていた。




