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朱華の鬼母子は父を討つ  作者: 参望
6話/紅の刃を託して
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6話/紅の刃を託して(4/10)

4.

 緋寒に技を教えたその夜、実鈴は笑顔が止まらなかった。

 我が子と仲良く過ごせた事と、亡き夫との思い出が幸せな気分を延長させていた。


 その夜も関緋に床に呼ばれたのだが、表情は明るいままだった。

 楽しそうに、関緋が着物を脱ぐのを手伝う。

 背伸びして彼の髪を手櫛で整えたりなんかもする。

 

 それを見た関緋は、彼女が心から楽しそうなので顔を綻ばせた。

 彼女が楽しくなさそうなら不機嫌になり、彼女が本当に楽しそうなら丸くなる。

 互いに振り回し、振り回される歪な関係。


「実鈴……!戦で手に入れた金の簪だ。

 お前の為に持って帰って来た。」

「戦で大変なはずですのに、気に留めていただきありがとうございます……!」

 実鈴は彼から土産を受け取り、その場で髪を纏めてそれを挿す。

 耳元の後れ毛を指で撫で、微笑んだ顔を彼に向ける。


 関緋が「贈り物を喜んで、自分に微笑んでいる」と勘違いしないのは難しかった。

「よく似合うぞ!

 本当に……お前より美しい女鬼はこの世に存在しない!」

「勿体ないお言葉です……。」

「いや!

 最近お前は城の守りもして、その辺の下鬼よりも沢山働いておるからな……。これ位の褒美は当然だ!」


 関緋は思う。

(少し前まではどんな貴重で高価な物を与えても、よそよそしく礼しか言わなかったというに……。

 遂に俺の願いが通じ、俺を受け入れるようになったか?

 恥を忍んで白妙に床での女の喜ばせ方を聞いて実行してきた効果が表れたのか?

 ……それとも、単に機嫌が良いだけなのか?)


 実鈴は自分から寝間着を脱いで寝台に寝転んだ。

 別に関緋を誘って、という訳ではない。

 する事は決まってるのでいつもの通りに脱いだだけ。

 だがいつもと違って笑顔だったお陰に、関緋にはそれが心から彼を誘っている仕草に感じられてしまった。

(嘘で俺にすり寄っていた時もそうだった。

 本当に……いじらしく、俺を誘う……。)


 彼は吸い寄せられるように彼女の隣に寝そべった。


 実鈴は枕に頬を寄せて横になっている。

 緋寒と泰寒の顔を思い浮かべているせいか、毛布やシーツの手触りをいつもより心地良く感じているので、うっとりとした笑みを浮かべている。


 関緋は横向きになって顔を寄せ、彼女の髪や頬を撫でた。

 彼女は心地良さそうに声を漏らして仰向けになった。


「今日は……いい顔をしているな……。」


 いや。

 実鈴は亡き夫の優しい愛撫を思い出しているだけだ。

 思い出が、苦手な関緋の手の感触を心地良いものにすり替えてくれているのだ。


 関緋は何も知らず彼女の腰を抱いて密着し、首や鎖骨に接吻を始めた。


「あっ…………。あはは、んふ……ふふ。」

 実鈴はくすぐったそうに笑った。

 関緋は彼女が乗り気だと思い、直ぐに口吸いをした。

「……ん、そんなに激しく迫らないでくださいな……。」

 実鈴は快感から逃れようと、何気なく手の平を彼の頬に押し付けた。

 

 数秒後、関緋の瞳孔が肉食獣のように細くなる。


 関緋は口吸いを止めた。


 彼から殺気を感じ、身を強張らせる実鈴。

「か、関緋様……?」


「実鈴……、今日緋寒と会っていたのか……?」

 大声が出ないように我慢しているが、眉間の皺は隠せない。


(まさか……私の手の平から緋寒の匂いを?!)


 鬼は人間より鼻が利く。

 確かに今日はいつも以上に我が子に触れた。

 緋寒の手を握り、柔術を使う時に何度も密着した瞬間もあったし、髪を三つ編みにした時は特に長く触れていた。

 勿論、実鈴は帰ってから身を清めているのだが、一回では落ち切らなかった僅かな香りが関緋を刺激したのだ。

 

(この顔!この方が何かしてしまう一歩手前……!)

 実鈴は正直に答える。

「え、ええ……。あの子が心配で……たまには子供の成長を見たいと思いまして……少しの間だけ……。」


「何をしていた?」

 瞬きしない関緋。

 まだ声が静かなのが不気味だ。


「あの子が悩んでいたので、少し戦いの稽古を……。

 お、鬼の母親として、そんなにおかしな事でしょうか?」


 彼はわなわなと手を震わせる。

 しかし、その手を彼女の顔の横に置いただけだった。


「……。そうか。

 今日はもう良い……。下がれ。」

 彼は起き上がって彼女に背を向けた。

「あの……。」

「良いから先に休めっっっ!!」


 彼がいきなり声を荒げたので、実鈴は素直に従った。

 着物を着直し、部屋を出る。


(納得してくれたの?でも、嫌な予感がする……。)




***




 関緋は着替え、侍女達の部屋に向かった。

 瞳孔を細め、眉間に深く皺を寄せたまま。

 今、家臣が誤ってぶつかろうものなら、殺されても不思議ではない。

 



 関緋がやって来ると、侍女達は身を寄せ合って震えた。

 大概、主人の天鬼がこんな顔でやって来る時は、従えた人鬼が酷いへまをして殺される時だからだ。

 

 鴇羽は震えながらも、自ら前に出て床に伏せる。

「関緋様……。如何なされましたか?」


 関緋は彼女を見下ろす。ネズミか虫を見るかのような目。

「鴇羽、お前は俺の人鬼であり、実鈴の人鬼でもあったな。 

 人鬼は主人である天鬼と記憶を共有する時がある。

 それも喜びや悲しみ、心が強く揺れ動いた時。

 今日お前が、いや、実鈴が何を見たか確かめさせて貰うぞ……。」


 それを聞き、鴇羽は瞬時に親子の身を案じた。

(不味い!

 緋寒様と奥方様があんなに仲良くされている姿を見たら、関緋様はきっと深く嫉妬される!

 その怒りはきっと緋寒様か実鈴様に向けられる……!)


 彼女は立ち上がって後退った。

 関緋は彼女の拒否の姿勢から、彼の憶測が妄想で無い事を確信した。


「庇う気か?!

 卑しい人鬼の分際で、貴様!!!」


 彼は彼女を壁まで追い詰め、顔を掴んで吊し上げた。

「アッ!!グウッ!!」


 彼は彼女の手の甲を噛んで血を吸う。

 血には魂が宿る。

 記憶や感情もそこに染み込んでいるので、そこからイメージを読み取れる。


 関緋の脳裏に麗人とクセ毛の美少年のぼんやりとしたイメージが流れ込む。

 緋寒の髪を丁寧に梳いて三つ編みにする実鈴。

 彼女は絶えず微笑んでいた。

 緋寒に素っ気ない返事をされても楽しそうに冗談を言って、世話を焼こうとする。


 関緋はその笑みが心からの笑顔に見えた。

  

 彼は鴇羽を投げ捨てる。

 鴇羽は思い切り強く床に叩きつけられ、気絶してしまった。


「あの笑顔は……俺ではなく、奴に向けたものか!!!!!

 さっき機嫌が良かったのも昼間に奴と楽しんだから……!」

 怒りで震えた声を絞り出す。


(俺より深く愛されているなど!

 しかも実鈴の元夫の種が入った子供が……!!!

 許せん……!許せん!!!!)


 彼は目を血走らせ、血が出る程唇を強く噛んだ。




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