1話/散りゆく朱華(2/7)
2.
実鈴と泰寒が夫婦になった経緯を説明する。
天鬼は一族ごとに山や洞窟などに点々と散らばって暮らしており、2人はその中の一つ『朱華天鬼』という一族の出身だった。
朱華天鬼は豪傑な鬼達が揃う一族だ。
そして泰寒はそれを束ねる長である。
次に実鈴。
彼女は近辺で唯一の若い娘だった。
それ故、他集落からの縁談も凄まじく多かった。
天鬼と言う種族自体、女子の出生率が極めて少ないので無理もない。
彼女は初潮を終えてからは、安全な洞窟の奥深くで生活していた。
次代の族長の花嫁として結婚するまで、半ば幽閉されて過ごす。古くからの習わしだ。
無闇に表を出歩けば、少ない番である彼女を取り合って争いになるので仕方ない。
親以外には会えず、自由に外に出歩けない窮屈な日々。
幼い頃の友達や知人は何しているだろうと思い出して寂しさを紛らわす。
そんな狭い世界から、彼女を引きずり出してくれたのは泰寒だった。
これはその時の話。
2人は幼い頃によく遊んだ幼馴染だ。
それ故、泰寒は年頃になって閉じ込められてしまった彼女をずっと気に掛けていた。
「寂しくはないだろうか」と。
ある時の事。
洞窟の奥。明かりは蝋燭一本のみ。
実鈴はお籠りをする巫女のように過ごしていた。
12の時からこの生活を始め、3年程になる。
食事も寝るのも1人。
話し相手は老いた母親か父親。それも食事を持って来たついでに、手短にするのみ。
やれる事といえば、裁縫や蔓籠を編む仕事。
彼女は溜息を吐く。
((お父様に言ったら叱られるけれど……こんな事なら女になど生まれたく無かった……。
掟だし仕方ないのは分かっている。
若い女性は子供を増やすのに必要なので、とても大事にされる。
それ故、飢える事は無いし、他の一族に襲われて傷つく事もない……。
それでも……数分で良いから温かい日を浴びて、外を自由に見て回りたい。
今は春だと父上が仰っていた……。
お花はどれが咲いているの?空の青さは?
昔遊んだ子達はどうしているの……?))
ふと、壁からゴゥンと妙な音がする。
『何?!山崩れ?!』
次にシャッシャと、砂利か何かを掻き出す音。
段々近づいて来る。
((何が来るの?!土の妖怪?!))
パキキと、壁の一部にヒビが入って割れる。
そして出来たての穴の中から出てきたのは——『泰寒』だった。
『ふぅ!!息が吸いやすい!』
咄嗟に言葉が出ない実鈴。
3年ぶりに会った幼馴染が、いつの間にか男らしくなっていたので戸惑っているのだ。
((声が低くなっているし、私より背が伸びてる……。
けれど、この髪色と眠そうな目付きは変わっていない……!))
見た目の成長に戸惑うのは、泰寒も同じだった。
子供の時より胸や尻が目立ち、淑やかな雰囲気の実鈴。
彼はまじまじと彼女を見る。
『実鈴……だよな?!』
『泰……寒。どう……して?』
ガッツポーズからのウィンクの泰寒。
『会いたくなったから、来た!』
『軽くない?!
掟破ってるんだよ?!見つかったら殺されるかも知れない……。』
『大丈夫!こっそりと来たし!
……だってさあ。1人でこうしてるって聞いたら、「それって退屈じゃね?」と思って。』
『だからって……。』
『実際こんな朝か夜か分からん所じゃ頭がおかしくなるだろ?
幾ら掟でもさ、本当に相手を大事にしてるのかな、って……。』
『私の気持ちを考えてくれたの……?
でも、掟に従うのは当然だから……私の気持ちなんて……。』
実鈴は恥ずかしそうに身なりを整え始める。
泰寒が接近する度、胸の奥がクゥンと疼く。
『泰寒、危険を冒してまで会いにきてくれて、ありがとう……。』
『いいって。潜入ごっこも楽しかったし。
じゃ、行こうぜ?』
『え?』
『外だよ!外!
天気が良くて、花が綺麗だぞ?』
確かに彼女は花を見たいと願っていた。
『でも見つかったら!私は良くても泰寒が……。』
『大丈夫!予め根回しして、安全経路を確保してある。パッと行って、直ぐ戻って来るさ。』
何でもなさそうにヘラヘラ笑う泰寒。
戸惑い泣きそうになる実鈴。
((私にこれだけしてくれる大事な友達……。いや、それ以上だと思う。))
泰寒は彼女がどうして悲しい顔をするのか分からず、彼女の腕に触れた。
『具合悪いのか……?』
『違うの……!泰寒が優しいから……!酷い目に遭って欲しくないの……。』
実鈴は泰寒の袖を両手でギュッと握った。
『……そっか。ありがとな。
そりゃ、俺はガキの頃は病気がちで弱っちかったが、もう昔の俺じゃない。任せな。責任は自分で取れる。』
泰寒は彼女の手を引く。
実鈴はまだ躊躇っている。
『なあ。大昔、鬼はよく人間の都へ姫を拐いに行ってたんだけど、姫ってのは必ず屋敷にいるものだったんだ。屋敷に籠って殆ど外に出ない生活をしてな。
実鈴、お前はそんな人間の姫と一緒で幸せか?これが幸せなら俺はこのまま帰る。
でもお前がしたい事があるなら、もっと暴れようぜ?鬼らしく。』
ずっと周りの言いつけに従ってきた実鈴。
しかし、泰寒の言葉は誰のどの言葉よりも響いた。
ずっと締め付けられていた胸が、スッと解けていくような感覚。
『……私は。
外を見たい……。』
泰寒は微笑み、外へと彼女を導く。
『じゃ決まりだ!行こう!』
『うん!』
そうして泰寒は、彼女をこっそり外へ連れ出してやるようになった。
実鈴は自分を女としてよりも、1人の大事な幼馴染として見てくれる彼に、誰よりも惹かれるようになった。
「どうせいつか、女としての役割を果たさなければならないなら、彼と添い遂げたい」と願うようになる。
やがて、その願いは叶った。
大人になった泰寒は次代の族長になり、それに従い、彼女は彼の妻になったのだった。




