6話/紅の刃を託して(1/10)
~束縛夫に略奪された鬼の妻は、唯一の希望である子供達を守る為、偽りの愛を捧げる。~
前夫との子供・緋寒は成長し、父親に似てきた。
実鈴は我が子から最愛の夫の面影を見て、最上の喜びで満たされる。
今の夫である関緋は「自分を心から愛さず、緋寒に心からの笑顔を向けている」と嫉妬で怒り狂い、再び緋寒に手を上げてしまうのだった。
それを目の当たりにした実鈴は……——。
1.
燃えるような紅い葉。
秋に色づく大江の山の中を走り回る少年鬼。
整った顔立ちで少女のようでもあるが、四肢にはしっかりと筋肉がある。
ボロボロの腰巻は元は錦の美しい着物だったようだが、野外の活動でほぼ端切れに変わっている。
彼は紅葉のように紅いクセ毛の長い髪を獅子の鬣のように靡かせる。
木の枝にぶら下がったり、木を垂直に駆け上がって高く跳んだりする。
緋寒だった。
また数年経ち、彼は10歳になっていた。
やんちゃで可愛かったのが、冷ややかな顔の美少年へと成長していた。
もう大きな野良の鬼なら余裕で倒せる程に、強者への道を一歩一歩進んでいる。
向上心が強く、まだ足りぬと、今日も稽古相手を探す。
彼は紅葉に紛れて何かを観察していた。崖下の戦を。
下では何やら人間の武者100人余りが何かを囲んでいた。
朱色の長い髪に、動きやすい袴姿の女。
母の実鈴だった。
武者達は彼女の色香に唾を飲みながらも武器を向ける。
「女の形をしていても相手は鬼!!妖術の類で作り出した顔に違いない!その本性は醜い老婆かも知れん!」
実鈴の横に控えた侍女の鴇羽がムッとする。
「こんなに美しくて高貴なお方に『老婆』だなんて!!
私達鬼と違って、異形を認知出来ない下等な種族の癖に!!失礼しちゃう!!」
「かかれ!!
城に巣食う悪鬼を討ち、我らが新時代の頼光に!!」
矢をつがえ、槍を向けて立ち向かう。
因みに武器はただの武器ではない。
刃の表面に塗られた塗料が鬼の血と混ざると、強酸の毒となって相手を苦しめる。対魔の武器だ。
実鈴は長い髪を広げて揺らめかせ、宙に浮いた。
急に飛ばれて武器を空振る武者達。
彼女は彼らを蔑むように見下ろす。
「そこら中の山に、毒となる魔除けの札をばら撒いて私達(鬼)の住処を狭めておきながら、まだ何を望むのですか……?
お家にお帰りなさい……。家族がいるならば。」
武者達は矢を射る。
溜息の実鈴。
両手を上げて指で輪を作り、そこから天照(太陽)を覗く。
すると彼女の頭上に曙のような光を放つ円が現れた。
円から降り注ぐ光の矢。
土砂降りのようなそれが武者達を貫き、高温で骨まで溶かして黒墨の粉に変えてしまった。
それを見ていた緋寒。
眉をひそめて爪を噛む。深く集中している時の仕草。
(凄い……。
俺もあの女の子供なら、あの技が使えてもいい筈なのに。
俺はやり方を知らない……。)
実鈴は我が子の存在に気付く。
冷ややかな目が、優しく穏やかになった。
彼の元へふわりと飛んで行く。
一方、緋寒は「ッチ、気付かれた……!」と、逃げ出す。
だが実鈴はフッと消えたかと思うと、急に彼の前に現れた。ワープみたいなものだ。
彼女は屈み、彼と目線を合わせて微笑む。
「また私の技を見ていたのですか?
勉強熱心なのは良い事ですよ。」
「お、あんたには関係ない……。」
緋寒は不機嫌そうにそっぽ向いた。
彼は母が困らない為にも、強くなる事に躍起だ。
それ故、母親の助けは一切受けないと心に決めているので、こうしてワザと彼女に冷たい態度を取っている。
自立の証であり、本当は母が嫌いなのではない。
実鈴もそれが分かっており、冷たくされてもただ微笑んでいた。
それでも子供の巣立ちの近さに内心寂しくはある。
ふと、鴇羽と他の家来が彼女を呼ぶ。
「奥方様!早く城にお戻りを、他の一族に見つかる前に!」
関緋や家臣の多くが戦に出ている今、実鈴は城の守りを任されている。
赤ん坊を出産して抱えていた頃はこのような事は誰もさせなかったが、彼女が世継ぎを産まなくなってからは、人手不足を理由にこのように戦いへ駆り出す事が増えた。
といっても、彼女に万が一何かあったら関緋が黙っていないので、城の近所に侵入した敵を排除させる程度に留めている。
また、家臣が敢て力添えしなかったのは、この数の人間程度なら彼女には余裕だと判断したからだ。
こうして目下に強さを示すのも、鬼の社会で生き抜く為の礼儀である。
「緋寒、また明日もここへ稽古に来るでしょう?
その時に戦いの事を色々教えてあげますよ。」
「え、本当!?
……じゃなくて、別に頼んでいない……!
俺にかまうな!!」
彼は踵を返して去っていく。
実鈴は日々大きくなっていくその背中を見守った。
彼から前の夫の面影を見て、喜びと憂いの両方を浮かべる。
(そう……。
伝えられる事なら何でも……。あの子が鬼として強く生き残る為にも。
あの人も……泰寒様もそれを望むでしょう。)
***
次の日。
緋寒は木の上で目覚めた。
強くなる為に、殆ど城に帰らず敢てこうして危険な野外で生活をしているのだ。
彼は欠伸と伸びをした。
「腹減った……。何か獲ってこ……――。」
嗅覚がはっきりしてきた頃、煙と食べ物の匂いに気付く。
見ると、木の下で実鈴が焚火で鍋を作っていた。昨日の袴姿に襷がけをしている。
「あ。おはようございます。緋寒。
朝御飯が出来てますよ。
精が付くように、雉を捕まえてみました。」
と、鉄鍋の蓋を開ける。
湯気の中から現れたのは雉とキノコ、野菜を使った鍋だった。
ぐつぐつと煮立ち、肉は柔らかくふっくら白くなっている。味噌やネギの香りも漂う。
緋寒は涎を垂らしそうになったが、ワザと不機嫌そうな顔を作る。
「何でここに居る……?!」
「いつも貴方の様子を見てくれている鴇羽に聞きました。
最近はここを寝床にしていると。
ですから、たまには一人で頑張っている貴方に何かしてあげたくて、城をこっそり抜け出して来たのですよ……。」
彼女はお椀に肉と野菜をよそう。
「余計な事をするなと言っているだろう!!
もう自分で毎日の餌も獲れないような子供ではない!」
自分で食料を得るのも自立。
それを邪魔され、弱い者扱いされたような気がして苛立つ。
彼は鍋をひっくり返そうと足を上げた。
しかし、丁寧に料理された鍋を見て足を止める。
星模様の飾り切りが入った椎茸。花の形に切った大根と人参。
そして、悲しそうに困った顔をする母の顔。
鳴りやまない腹の虫。
「美味しい?おかわり、沢山ありますからね。」
微笑む母と、ガツガツ口に掻き込んで夢中で食す緋寒。
「くそ……これじゃ直ぐに運動出来ない」とボヤキながら、腹をパンパンにして完食。
実鈴はそれを嬉しそうに見て、デザートの柿の皮を剥く。
緋寒は色々な意味で母には勝てないと痛感した。
暫く休憩した後――。
「さてと。鴇羽が時間稼ぎしてくれていますが、長くはもちません。
関緋様の耳に入ると厄介ですから今のうちに……。」
「まさか、昨日言っていた戦いの事か?!」
急に興味を示す緋寒。
「ええ。ふふふ……。(本当に夢中なのね)」
彼女は手取り足取り、角への力の入れ方や、そこから妖術を適切に放出する方法などまず基本を伝えた。
そして本題の天照(太陽)の光を操る妖術。
だが、何度やっても緋寒にそれは出来なかった。
多分、必要な量の妖力を持つ程まだ体が成長していない、もしくは彼に元々備わっていないのだ。
「クソっ!!
父上(関緋)の腕力やがっしりとした体を受け継いでいない……、かと思えば母上が無限にもつ妖力さえもない……。
では、俺には何がある?!この細っこい体だけなのか?!」
爪を噛んで考え込む緋寒。
その背中を見守る実鈴。
(私の力を受け継いでいないとなると、やはり戦いや体格の方も泰寒様に似たのかしら……?
それならば……!)
「緋寒。また明日来ます。
その時に『ある別の技』を教えます。」
「別の技だと?」
「はい。今度の技はきっと貴方に出来る。母はそう確信しています……!」




