5話/タオヤメ(9/9)
9.
関緋の勝利により、タオヤメの乱は幕を閉じた。
その直ぐ後、白妙と大志摩は関緋に、実鈴よりも戦にもっと集中するように説得する。
白妙は涙を堪えながら言う。
「普段からもう少し皆の不満に耳を傾けていれば、あんなに忠実な家臣を失わずに済んだんだ……。
死に追いやるきっかけを作ったようなものだと、どうか気が付いてくれ!」
「む、うむ……。
奴は嫉妬や歪んだ愛で頭をおかしくしただけと思っていたのだが……。」
関緋はタオヤメの気持ちをあまり理解していなさそうだった。
白妙は遣る瀬無さそうにする。
(関緋には何一つ伝わっていないのか……。
これじゃタオヤメが死にきれないよ……。)
関緋にとってそれより気がかりなのは、やはり実鈴の事だった。
浴場で待たせている実鈴の元へ向かう。
***
実鈴はいつものように湯帷子姿で、血を拭く手拭いや桶を用意して待っていた。
関緋が姿を現すと、実鈴はその場に伏せる。
「お疲れ様でした……。」
どこか声の調子が暗い。
タオヤメは演壇で『実鈴は関緋を利用している悪女』だと言った。
勿論彼女はタオヤメが演じたそのままの女ではないが、実鈴はそれを否定しなかった。
(嘘は嘘。偽りの笑顔をバラまいて、散々あの方を騙して大人しくさせようとしてきたのは事実。
報いがあっても言い逃れはしない……。)
裁きを待つ罪人のような心境。
関緋は「冗談なのだあろう?」と言いたげに笑いながら尋ねる。
「実鈴よ。奴の話は本当なのか?」
実鈴は顔を上げなかった。
「……はい。
私は……貴方に“嘘の愛”を捧げてきました。」
意識が遠くなったようになる関緋。
「待て……、待て!
何度も俺に優しい顔を向け、優しい言葉を贈り、胸に抱いてくれただろう……?
そうしてもう2年にもなる!」
実鈴は全てを悟ったかのように囁く。
『ええ……。
貴女に微笑んでいたこの顔も、貴方に甘えるような事を言っていたのも、寝床で貴方を『愛しい』と抱き締めたのも、全部……全部、本心からした事ではございません。」
この後の仕置きも、悲劇も、もう不思議と怖くなかった。
関緋は膝を突いて、実鈴の腕を掴んで引いた。
怒りを通り越して悲痛の表情。
「何故だ……!何故騙した!!??」
彼女は迷わず答えた。
「子供達の為です。
貴方は少しの事でもお怒りになり、相手が子供であっても、自分を止められず手を上げてしまう……。
私は子供達が貴方に殺されるのが怖かった……。
だから、なるべく貴方を子供達から遠ざけ、すぐ怒らないように機嫌を取ろうとしたんです。
全部貴方の言う事を聞いて……。
勿論、こうして騙す事は良くないと分かってはいました……。ごめんなさい……。」
わなわなと震える関緋。
「何故俺に相談しなかった!」
「貴方が恐ろしかったから……。
力任せに抱かれた時の事や、緋寒が叩き付けられたのを思い出されて……。」
「ちゃんと正直に言えば俺はお前の嫌な事を止めた!」
実鈴はひくつく。
(都合のいい事……。自分がした事を忘れているのね……。)
「そうでしょうか?
貴方は私が何かを拒否すれば、怒って無理にでも強行しようとしたではありませんか!最初に結婚を申し込まれた時がそうだった……。
だから私は怖くて話し合うのを諦めた。」
「それはお前が前の夫を諦めなかったからだろう?!
『まだそんな』昔の事を言っているのか!?」
棘のある言葉に、実鈴は久しぶりに怒りで震えた。
(貴方がした事は簡単に水に流せる事じゃないのに。
やっぱり、そういうお方なのね……。)
嘘の関係でも、自分に本気で懐く彼を少しだけ許していただけに、実鈴は現実を思い起こされて虚しくなった。
怒りが涙に変わる。
「愚かな方ですね……。
私がコロッと心変わりして、好きになったと本気で思っていたなんて。
子供より愚かよ!!」
関緋は彼女に泣かれ、少しだけ冷静になる。
しかし、彼女の腕を握る力が強くなる。
「じゃあ、今お前は俺をどう思っている……!
どう思っているんだ!!??」
実鈴は涙を拭いて答えた。
「先程の言葉が無ければ、『貴方を許して、関係をやり直します』と言えました……。
命懸けで朱黒から私と子供達を助けてくれた時、一時だけ、貴方への憎しみが消えましたから……。
それは本当の気持ちです。」
「……!!」
落胆の関緋。
関緋の一方的な愛ではあるが、彼の想いが彼女にまるで伝わっていなかった訳ではない所も、彼に後悔を促させる。
悲しむ彼を哀れに感じたのか、実鈴は付け加える。
「貴方の事ばかり責めてしまいましたけど、私にも嘘をついた罪はあります。
貴方がこれを期に冷めてしまったのなら、私をどう罰して処分しても構いません。どうしたいですか?」
関緋は裏切りに苦悶しながらも、愚直に答える。
「俺の女は……お前しかしない……!
何処を探しても、他に見つからないのだ……!」
「……ならば貴方の妻と、子供達の母親としての務めは続けます。
それはもう受け入れましょう。
抱かれろというなら従います。朱天鬼にとっても、世継ぎはまだいるでしょうから。
けど、今度はもう嘘を付きません……。本当の気持ちで貴方と接しますね。」
実鈴は彼女の腕を掴んでいる関緋の手を、もう片方の手で握った。
彼女の受け入れる勇気の表れだった。
「それで……、今日はどうしますか?」
関緋は力なく答える。
「血だけ……洗い流してくれ……。」
洗い終わった後、関緋は実鈴に母を求める事なく、そのまま部屋に帰した。
一人の悲しい男鬼の犠牲により、酒呑童子は現実へと目覚め、一方その妻は悔い改めて偽る事を止めた。
元より深く交わいようのなかった愛はこれで変わっていくのか。
それとも、上手くいかぬなら手放す勇気も必要だと悟るのか。
それは彼ら次第である。
(5話・完)




