1話/散りゆく朱華(1/7)
~束縛夫に略奪された鬼の妻は、唯一の希望である子供達を守る為、偽りの愛を捧げる。~
麗しき母・実鈴は、子供達をこの上なく愛していた。
そんな母性溢れる妻を一途に愛する夫・関緋。しかし、実鈴は彼を憎んでおり、夫に嘘の愛を捧げてまでして、子供達から彼を遠ざけようとする。
彼女は何故そうしてまで子供を守るのか?
夫と何があったのか?
紐解かれる彼女の過去……。
1.
実鈴は何故あのようになったのか。
そこに至るまでの道のりを語ろうと思う。
話は彼女が“最初の夫”を得た頃の話から始まる。
***
雪深い飛騨の地。
青空と、雪深い白馬を想わせる純白の山脈。
重い積雪や急な傾斜、厳しい寒さなど、人間が長期住むのは難しい。
そんな土地でも、春だけは一時だけ陽気が穏やかになる。
何処からともなく響く、ポタポタという雪解け水の心地良い音。
そんな山の一画に、ほぼ崖のような斜面を掘って作った石窟が見える。
現代で言う高層マンションのような構造になっており、階ごとに住人らしき人影が見える。
額には牛のものと似た角。瞳は虎目石のような黄金。
それ以外は人間と大差ない姿だ。
そう、住んでいるのは鬼。
それも鬼の中でも『天鬼』と呼ばれる種である。
人間に近い姿をしているが、比べ物にならない程の高い身体能力をもつ。
この石窟を造れたのも、彼らの腕力があってこそだ。
石窟の最上階。
開放的なテラスから内部へ進むと、火の気が感じられてくる。
何重にもなった獣の毛皮の厚い幕を押し進んだ先——。
薄く白い小袖姿の女天鬼が、鏡の前で髪を梳かしていた。
『実鈴』。昔の彼女である。
寝起きだからなのか、元からなのか、淑やかで憂いのある表情が色っぽい。
彼女は髪を頭頂部辺りで結うと、更に毛先を軽く三つ編みにする。
最後にこめかみの辺りに長い紫の髪飾りをして垂らした。
実鈴は朝の身支度に夢中だ。
そんな彼女の背後から、微かにズズという音がする。
彼女が振り向いた刹那、がっしりとした腕が彼女の首を絞める。
「いゃあっ!!」
悲鳴を上げると同時に、首筋に感じる生温い何か。
「これで仕留めたぞぉ。実鈴……。」
男の声。怠そうで艶っぽい。
彼女が恐る恐る見ると、淡麗な顔があった。鋭い八重歯を見せて、彼女の首に齧り付くフリをしている。
悪戯が上手くいって得意げそうだ。
クセのある長い髪は、朱と黒と白の三毛猫のような色。
閉じ気味の怠そうな目は、朝だから眠いのではなく元からだ。瞳の色は淡い黃。
「びっくりさせないで下さい!『泰寒様!』」
嗜める実鈴だが、彼が裸なのに気付いて顔を赤らめる。
背が高く、逞しい逆三角型の体は、筋一本一本の彫りが深く、力強い。
「な、何か……お召し物を。」
「こんなの昨日、散々見ただろう?まだ火照っているのか?」
「そ、そんな意地悪を仰らないで!」
「鴨の首がああなったのが、そんなに忘れられないか?」
「もう!よしてくださいな!」
泰寒は初々しい彼女をからかう。
「婚礼を終えたばかりとはいえ、そんなに浮かれたままでは他の雄に食われてしまうぞ?」
泰寒は彼女の首筋を軽く噛む。
実鈴は鏡に映る彼を直視できず、目を閉じた。頬が益々赤く染まっている。
「……その時は……どうにかします。」
「じゃあ実戦だ。
お前は本気を出せばそこそこ戦えるしな。」
「え?」
彼は彼女の両脇に手を通して立たせる。
そしていきなり正拳突き。
「ちょっと!!」
実鈴は両手でサッと受け止める。
「いい反応だ!」
もう1発来る。
「お戯れが……、過ぎます!」
実鈴は今受け止めた彼の拳を引っ張った。無意識に背負い投げの構え。
「お!この体格差で投げか!?
だが……!」
彼は技を外して、彼女の腹に手を回し、腹で抱え込む。
そしてそれを床に叩き付ける……でもなく、そのまま寝床に倒れ込んだ。
背中から彼女を抱き締める泰寒。
胸を大きく動かして息を整える実鈴。
泰寒は彼女の耳元で囁く。
「ほら、楽しいだろ……?それが鬼の本能だ。」
実鈴は恐る恐る、彼の手をキュッと掴んだ。
「戦いは嫌い……。私が唯一戦う事があるとすれば、貴方の為でしょうね。」
「頼もしいな。だが、そんな状況は来んよ。
族長ともなれば、己の妻ぐらいちゃんと守れる。」
「信じてます……。」
実鈴は微笑み、首を後ろに向けた。
2人は互いの顔を寄せたまま、寝床に潜り込んだ。
毛皮の中で、互いの体を撫で合う。
実鈴は毛布で息が出来ないせいなのか、それとも泰寒から注がれる愛と快楽の深さのせいなのか、体が締め付けられるような感覚だった。
そしてそれは望まれた心地良い締め付けだ。
互いの長い髪と、合わせた手の平の指が絡み合う。
秘め事が終わった後——。
寝床で毛布に包まり丸くなっている実鈴。
頬を染めてうっとりした顔だ。
折角セットした髪は崩れて無造作に寝床の上に広がっている。
その髪を、隣で寝そべっている裸の泰寒。
不敵に微笑んだまま彼女の髪の一房を掬い、毛先までスーッと梳く。夕焼けに照らされる川の水面のように艶めく髪。
彼に髪をセットする隠れた技能はない。興味本位で彼女の髪で遊んでいるのだ。
されるがままの実鈴。
彼の胸板や腹、自分を抱いてくれた丈夫な腕を見て、至福の時を何度も思い出す。
胸が苦しく、しかし温かくなった。




