4話/枯れる揺り籠(5/12)
※注意※少しレズビアン要素(片想い・秘密)を含みます。
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5.
実鈴が攫われた頃、大江の城——。
実鈴の部屋に、四肢や首を切り落とされてバラバラにされた鴇羽がいた。
同じ頃。
戦に出ていた関緋。
敵軍の大将首を家臣に荒っぽく投げ渡している所だ。
酷く焦ったように城の方へ一目散。
木の枝や山肌を跳んで走って、強風の如く進む。
それを黙って追う、大志摩、タオヤメ、白妙の重臣3人。
他部族を攻め落としに出ていた関緋は人鬼の鴇羽から「実鈴が何者かに攫われた」という思念を受け取った。
天鬼は従えている人鬼と遠距離でも脳内で会話ができる。
鴇羽は何者かに体をバラバラにされた際、最後の力を振り絞って関緋に伝えたのだった。
関緋は実鈴の危機に、戦を投げ出しそうになった。
それを大志摩達がどうにか宥めて、仕事を終えさせる。
他の若い家臣達が、狼狽える関緋の姿を見て士気を下げたのは言うまでも無い。
***
大江の城に到着後、関緋は治療中の鴇羽に自らの血を飲ませて回復させた。
人鬼にとって主の血は一番の回復剤になる。
鴇羽は鬼特有の自己回復能力もあって死なずにいた。今は体も元通りだ。
鴇羽はバラバラにされた時の事を話す。
「奥方様と元実様の周りに黒い蝶々が現れたと思ったら、羽で首や足を切られていました。
元実様が実鈴様の手を引いて何処かに行くのが見えたのが最後です……。」
「クソっ!!周囲を隈なく探せ!!」
関緋は自分も探しに出ようとする。
その時、鴇羽は小さく手を挙げた。気まずそうな顔で関緋達を引き留める。
「私なら……奥方様の場所が分かります。」
「何だと!!何処だ?!」
関緋は彼女の胸ぐらを乱暴に掴んで揺する。
「極めて遠くはないです……!
隣山の竹林、その洞窟……でしょうか?」
彼女は目を閉じ、左手を額に当て、何かを読み取っている。
見ると、その手の薬指の爪だけ夕陽色で雲母のようにキラキラしていた。
大志摩は鴇羽を怪しみ、彼女の後ろ首に爪の先を当てる。
「待て……何故そこだと思うのだ?!」
鴇羽は命の危険に震えたが、直ぐ観念したように言う。
「私は……奥方様と“人鬼の契り”を交わしました。
だから離れた所でも奥方様を感じる事が出来るのです。」
鴇羽はその経緯を思い出す。
***
数週間前。
元実が大志摩から稽古を受けてた頃。
鴇羽はいつものように、実鈴の部屋を掃除していた。
寝台の敷物を取り替える際、実鈴の長い髪の毛を見つける。
朱色の金糸と間違えそうなそれを、端と端を指で摘んで引いてピンとさせる。
髪の毛は一瞬、夕陽のような眩い輝きを放った。
彼女はそれに見惚れたのか、頬をほのかに赤く染める。
そして慈しむような表情で、先程まで実鈴が眠っていたまだ温かい寝台に、そっと手を滑らせる。敷物の皺に埋もれる指。
その日の午後。
鴇羽は何も無かったかのように、実鈴に日課の薬茶を出す。
花器に生けた、実鈴の好きなニッコウキスゲ(※ユリ科の花で、高原に生える)の花を側に添えて。
『奥方様!緋寒様の様子を見てきましたよ!』
『ありがとう。どうでした?』
『1人で山を駆け巡り、獣と戦ったり、狩ってお召し上がりになったりと、1人で鍛錬に励んでおられます。』
『そう……。鬼ならば生き残る為に戦う術を身に付けなくてはなりませんから、止めはしません。
それでも、強い鬼と出くわして怪我をしなければ良いけど。』
鴇羽は小さく手を上げる。
『あの、奥方様!提案なのですが、私が見た緋寒様の状況を直ぐに知りたくないですか?
こうして私が行って帰って直接お伝えも良いですが。』
『貴女と離れていても会話する方法があると?』
『ええ、私が“奥方様の人鬼”になれば!』
『確か、私達天鬼の血を与えられると、人間は人鬼になれるのでしたっけ?』
『そうです!
けど、私は既に“関緋様の人鬼”なので、血を頂いての本格的な人鬼にはなれません。
しかし、離れた所からのお話や、互いの居場所が分かる程度の、“二番手の人鬼”にはなれます!
奥方様にもしもの事があった時、お探しするのにも役に立つかと。』
実鈴は考えた末、同意した。
『そうね。許可なく外に出して貰えない私は、子供達の様子を見るのに貴女に頼る他ないし。
鴇羽、私の人鬼になって。関緋様のと兼任になりますけど。』
『勿論です!』
鴇羽は少女らしい、無邪気な笑顔を見せる。
実鈴は鴇羽の言う通り、下僕となる彼女の血を体の半分まで飲み干し、実鈴の体の一部である髪の毛を与えた。
髪の毛は鴇羽の左手の薬指に指輪のように絡み付くと、皮膚に小さな穴を開けて体内に入る。
髪の先端は血管を通って心臓に繋がった。
契りが終わると、鴇羽は実鈴のいない場所で左の薬指を眺め、静かに微笑んだ。
それがあれば貧血の辛さも苦ではないかのように。
***
「人鬼ならば居場所を正確に感じ取れる。確かな情報だ。
行くぞ!」
関緋を止める白妙。
「しかし関緋、隣山の竹林といえばお前の腹違いの弟、『朱黒』」の一族の住処だが……今日、本当に攻めるのか?」
彼は目を血走らせて吠える。
「直ちに実鈴を取り返すっっっ!!!!
それを邪魔する者に命は無い!!!!
……それに、奴を元より肉親だと思ってはおらん!!」
彼は先に踵を返す。
「戦争だねえ〜。こぉれは。」
と、楽しそうなタオヤメ。
一方、大志摩は鴇羽を睨んだままだった。
「一刻を争うので今は捨て置くが、人鬼という卑しい身分で勝手な行いをした事に変わりはない。
事が済んでからの、裁きを覚悟しておれ。」
鴇羽は薬指をキュッと握って俯いた。
「できておりますとも……。全て覚悟して背負いましたから……。」
タオヤメは部屋を出る際、そんな彼女を目に留めて目を細めた。
隣の白妙が小声で言う。
「鴇羽は真面目でいい人鬼だが……何故主の関緋に背いたのだ?
奴隷故に殺される可能性だってあるのに。」
正解を知っているタオヤメは、1人だけ溜息を吐く。
(同じようなものか……。僕と。)
関緋は暴風のように森を進む。
近くにあった木が触れていないのに、ことごとく焼け焦げる。
彼は自分に母のように微笑む実鈴の幻影を、必死で追っているかのようだった。
彼女を汚されて失うかもしれない恐怖を、彼女を攫った憎き略奪者への憤怒に変え、その炎で自らを爆進させる。
「……実鈴を渡すかっっっ!!!!
母に愛されなかった俺を愛してくれた……俺だけの女だっっっ!!!!」




