4話/枯れる揺り籠(2/12)
2.
朱天鬼の士気が下がり始めた同じ頃、子供達は4歳になっていた。
武芸や学問を学び始める歳である。
関緋は、実子である元実に教育を始めさせた。
その教育係には大志摩が選ばれる。
大志摩の父は関緋の教育係であり、その息子である大志摩もまたその才に長けていた。
一方、緋寒。
関緋の子ではない彼には、規律を守らせる為の最低限の教育だけを受けさせ、後は野放しにした。
関緋の命令で侍女すら与えられなかった。
子供が大きくなれば、その分行動範囲も広がる。
常に実鈴が子供達を側で見ている事は難しくなっていた。
実鈴は自室で子供の身を案じて待つ。
(今日は修練場で武芸の稽古……。
教えるのが大志摩様なら問題はない。
賢く、落ち着きのある方だから。)
***
ここは城の地下。
四方八方を向いても先の方は暗闇。床の岩場だけがただ広く続く。
鬼が暴れ回るのに向いている鍛錬場だ。
元実は大志摩に戦いの基礎を教わっていた。
大志摩はまず体を触って指し示しながら、筋肉や関節の役割、急所など、理屈から丁寧に教える。
彼の話を静かに聞き、楽しそうな元実。
弟に対しては負けん気が強いが、それ以外では、やや内向的で落ち着いている。
癇癪持ちの関緋とは真逆だ。
「ほほほ、感心しますぞ。
元実様は非常に飲み込みが早い。」
「いや、大志摩の教え方が上手いんだよ。」
元実は少し躊躇いながら、大志摩の着物の袖を握った。
髭を生やした大志摩と並ぶと、親子のように見える。
「お疲れですかな?休憩でも……。」
「……あのね。
僕は母上の事は好きだけど、僕は男の子だからずっと甘えていてはいけない。
だからもっと、頼れる大人の男と一緒に行動すべきなんだ。
そう、大志摩みたいな!」
「これはこれは!この上ない誉れでございます……。」
跪く大志摩。
元実は目線を合わせてくれた彼に微笑む。
「本当……大志摩が僕の父上だったら良いのに。」
幼児が悲しげに作り笑いする様を見て、大志摩はいたたまれなくなった。
「元実様……。そのような悲しき事を……。」
2人が話していると、男の大声が近づいて来る。
「大志摩!!ここにおるか?!」
関緋だった。
「は!ここにおりまする!」
返事の後、大志摩は何気なく元実の方を見た。
元実は顔を真っ青にして怯えていた。
膝が笑っている。
(何と言う怯えよう……!
幼子ながら関緋様の絶大な妖気や殺気を感じ取ったか!)
元実の頭の中では幼い時のトラウマが蘇っていた。
2歳の頃だったか。
弟の緋寒が関緋に逆らったその時、怒り狂った父によって緋寒は床に叩きつけられた。
それ以来、元実にとって関緋は命を脅かす存在だという記憶が焼き込まれてしまった。
(殺されるっっっ……!!!)
関緋は何も考えず、元実達に歩み寄る。
「ふむ、そうか。今日は戦い方を教わっているのだったな。
元実、俺を殴ってみよ。
筋がいいか見てやる。」
元実は自分の3倍近くある鉄壁のような父に見下ろされ、完全に蛇に睨まれた蛙だった。
いや、邪龍に睨まれたオタマジャクシか。
「あ、は……。」
喉が締まって喋れない。
待つのが嫌いな関緋は、当然それに苛立つ。
「おい!聞いているのか!?」
「いや、ヒッ……!!」
元実は怒鳴り声に小さく悲鳴を上げ、目をギュッと瞑る。
「何を怖がっている……!」
関緋の眉間に深く皺が寄り始めると、大志摩は慌てて間に入った。
「関緋様、お鎮りください!元実様は関緋様が余りにもお強いので、その気迫に足がすくんでいるのです!」
しかし、関緋の苛立ちは止まらない。
その原因は関緋の母親に関する忌まわしい記憶が原因だった。
子供の頃、関緋が機嫌の悪い母親の顔を伺っていると、母親は余計むしゃくしゃして彼を叩いたのである。
『鬼の世界じゃ、弱そうな奴は生きる価値ねえっつっただろうがよぉ!
ビクビクしてんじゃねえよ!
……ほんっと、お前見てると腹立つわ。』
視界の元実と幼い頃の自分が重なる。
関緋が嫌いなものは両親で間違いないが、弱かった頃の自分も忌むべき存在だった。
だが自分と似ていて苛立つのを理由に叱るなど、道理に合わない事だ。
関緋は大志摩を押し除けると、元実の肩を掴んで怒鳴り散らす。
「相手が俺であってもビクビクするなっっっ!!!!
お前は酒呑童子の子供なのだぞ!?」
「ひっ……!!!!」
元実は急な怒号に、耳にキーンと高音が響き、目眩を起こした。
腰が抜けてその場にコロンと尻餅を突き、過呼吸になって地面を這う。
関緋は肩を掴んで無理矢理立たせようとする。
「怯えるなと言っておろうがあああっっっ!!!!」
大志摩は「おやめください!」と、何度も関緋にしがみ付くがびくともしない。
やがて元実は白目を剥いた。目には涙を溜めて。
「ぃっ!父うぇ……許して……!」
その言葉を搾り出すと、ぐったりして動かなくなってしまった。
「涙を見せるな!!そんな鬼は一瞬で殺されるぞ!!」
関緋は叩いて正気に戻そうと、平手を飛ばす。
だが、それは元実に当たらなかった。
立ち塞がったのは頬を腫らした大志摩。
代わりに平手を受けたのは彼だ。
「お鎮りを!!恐怖で正しく学べるものはありませぬ!
元実様は繊細な性格。
その子にあった教育を考えておりますゆえ。どうか、私めに全てお任せを!」
やっと冷静になる関緋。
(しまった……。子に手を上げないという実鈴との約束があった。)
「うむ、分かった。だが恐怖に勝てないなら先が思いやられるぞ。」
「大丈夫です。元実様は確かな素質を持っておられます。
数年後、もし元実様が全くお強くならなかったら、この大志摩の首を差し上げます。」
「うむ……お前が言うのなら。頼んだぞ。」
関緋は修練場を去っていった。
大志摩は元実を背中におぶる。
「さ、今日はこのくらいにしましょう。」
泣きじゃくる元実。
「大志摩……!僕のせいで……!」
「何も心配いりませぬ。
関緋様の拳は受け慣れておりますゆえ。」
大志摩は何一つ不安な顔を見せない。
「元実様はお強くなりますとも。
この大志摩、人を見抜く才はありますゆえ。」
大志摩はそう安心させてくれたが、幼い元実には彼の行く末が不安で仕方なかった。
(僕が強くならないと、大志摩が父上に殺されちゃうかもしれない……!
どうしよう……!)




