3話/貴方の良き妻に(8/8)
8.
数日後。
関緋と実鈴は婚礼の儀を行った。
実鈴が略奪された身であり、しかも関緋を拒絶していたので保留にしていたのだが、今彼女が彼に気を許したので実行に至った。
勿論、彼女の本心は許してなどいないのだが。
朱天鬼の婚礼は、大江の隠された場所にある儀式用の洞窟に2人で入り、巫女の祝詞を受けるというものだ。
最後にしめ縄のように絡み合った2匹の蛇から生き血を搾って飲む。
実鈴にとって生涯で2度目の結婚。
関緋の隣、澄まし顔の裏——。
(私はあの人のもの……。)
彼女はそう思っていた。胸の内に静かな火を揺らめかせて。
***
それ以来、彼女は彼の相手をするようになった。
彼が子供達に近寄りそうになった時には自分から出向いて機嫌をとって気を紛らわせ、彼が彼女を呼んだら素直に従って何でもした。
彼が戦の戦利品を土産に持ってくれば喜ぶフリをする。
彼が身を清めてくれといえば血を拭いてやる。
彼が抱擁を求めれば偽りの母を演じる。
彼が愛の渇望に耐えきれず彼女の体を欲すれば、床を温めに向かう。
自分を偽る度、彼女は「自分は泰寒のもの」だと己に言い聞かせた。
ある日の晩。
実鈴は関緋の床を温め終えた。
裸の仰向けで眠る関緋。安らかな顔。
(人間にも鬼にも畏怖される、手の付けられない怒りの赤鬼。
多くの部族を殺め、血染めになってその力を示してきたこの腕、この強靭な体……。
それがこんな裸で、無防備に腹を見せて眠っている。)
実鈴は目を細めて微笑んだ。
彼女はもう一度彼の腹に跨ると、前屈みになって彼の首に両手を添えた。
そして手を強ばらせ、彼の喉仏の上部に両手の親指を食い込ませた。
他の指は首の肉をしっかり握る。
(今なら殺せるかしら……?)
彼女の目には、泥のような黒い影が落ちていた。
その時だ。
流石に関緋は目を開けた。
実鈴は手の力を緩めると、直ぐに彼に微笑む。
偽りの自分への、その切り替えの早さ。
実鈴はいじらしく、彼の鼻先に唇を寄せた。
「……寂しくなってしまいました。
よく眠れるようにお口を頂けますか?」
「……ああ、鈴のような俺の妻。勿論だ。」
ねだるフリをする彼女に、関緋は何も知らずに微笑み返す。
甘える彼女の束縛が心地良いと感じながら、言われるままに口吸いした。
その間、実鈴は気付かれないように、彼の胸板に爪を立てた。
彼女はそのように偽りの妻を演じ続けた。
気が狂いそうになる日々。
そんな彼女が唯一休まるのは、子供達と過ごす時だった。
2人とも母が大好きでとても素直だった。
「ははうえ!何して遊ぶ?」
「ぼくが先!緋寒はあーーと!!」
いつもの中庭で母を取り合うように甘える緋寒と元実。
「はいはい。それではこの笹の葉でお舟を折ってあげますね。」
実鈴は満面の笑みで子供達の相手をする。
この瞬間だけは心からの笑みだ。
(今日もこの子達は傷付かず、泣かず、元気に笑っている。
これで良いの……。)
彼女は2人をしっかり抱き締めた。
子供達は母の愛情を素直に受け止め喜ぶ。
しかし、子供達は薄々疑問に感じていた。母が父の関緋に会いに行って帰ってくると、決まって彼女がいつもより強く自分達を抱く事を。
彼らは成長した後、思うのだろう。
「母の体で編まれた、壊れやすい揺り籠の中で自分達は守られていた」と。
<3話・完>




