3話/貴方の良き妻に(3/8)
3.
時は過ぎ——。
赤子達は無事元気に育ち、1歳になった。
いつもの中庭で日向ぼっこする母子3人。
緋寒はクセ毛と気怠そうな目がより際立ち、好奇心旺盛な性格と並んで泰寒の面影に近付いていた。
元実は胴や四肢が太くなり、顔も体格も関緋に近づく。一方、性格は少し繊細で、そこは実鈴に似たのだろう。
子供達は彼女の腕の中で盛んに動き回り、袖や襟を掴んで色々せがむ。
「だっこ、やーや!おんぶ!」
と緋寒。
負けじとせがむ元実。
「ぼくが先!緋寒あと!」
母を取り合う子供達を、微笑ましそうに見ている実鈴。
「はーいはい。では、こうしましょうね。」
彼女は鴇羽に頼んで床に毛皮の敷物を敷かせると、その上で丸まった猫のように低く伏せた。
背中に乗る子供達。
子供達は母の長い髪をしゃぶったり、それに包まったりしながらキャッキャと大はしゃぎだ。
実鈴は子供達に囲まれて幸せだった。
特に緋寒に甘えられる度、母としても、女としても、最上の喜びを感じた。
(緋寒は泰寒様の小さな頃にそっくり。
あの頃はまだ髪が短くて、クセ毛の癖も強くて、本当に可愛らしかった。
本当……あの方が生き返ったみたい……。
いや、生まれ変わりなのかも。)
母が遠くを見てるので、緋寒は首を傾げた。
「ははうえ、なぁに?」
実鈴は彼をギュッと抱き締め、頬ずりした。
「何でもないわ。
ずっと元気でいてね……。」
その頃、関緋が中庭の側をたまたま通りかかる。
戦から帰ったばかりで、返り血で血まみれだ。
遠目から楽しげな3人を眺める。
(あの件からもう1年か。
実鈴を気遣ってあまり顔を合わせないようにしてきたが、今ならもう側に寄っても良かろう……。
それに俺との実子である元実をあんなに受け入れているのなら……俺も受け入れられるはず……。)
彼は彼女の機嫌がいいのを理由に、3人の輪に入ろうとした。
3人が笑顔で迎え入れ、自分と一緒に身を寄せ合ってくれるのを想像して。
「実鈴!!」
ビクッとする実鈴。
関緋の野太い声を聞き、もはや反射的に胃が縮こまる。
忘れていたトラウマが一気に蘇る。
彼女がゆっくり振り向くと、血塗れの彼が笑顔で歩み寄って来る。
子供達は実鈴の顔が曇るのを見て、ピタリと騒ぐのをやめた。
元実は鬼として、父の危険度合いを察知したのか、恐怖でへたり込む。
関緋もまた、母子達の態度を見て笑顔が消えた。大きな落胆の表情。
(待て……何故こうなる?!)
当然といえば、当前だ。
彼は彼女を無理矢理抱いて怖がらせて以来、関係の修復をしてなかった。
それでも諦めず話を続ける。
「実鈴、気分はどうだ?」
「ええ……。問題ございません。」
関緋に背を向け、子供達を腹の前で覆い隠すように庇う。
顔だけ彼の方を向けるが、目を合わせない。
(まだ……駄目なのか?!
一体、いつまで待てば良い?!)
拒絶された悲しみが、沸々と怒りに変わる。
「俺が……そんなに嫌なのか?」
しゃがんで目線を合わせる関緋。
「……。」
一向に目を合わせない。目に光は無い。
「……何でそんな顔をする?!」
「気分が……優れないだけです……。」
実鈴は子供達を強く庇う。
「俺はお前を無理矢理奪った……。憎いのは分かる。
だが元を辿れば、新しい生き方を受け入れないお前も悪い。
前にも言ったが、前の夫は正式な戦いで負けて死んだ。
その勝敗の結果にいつまでも恨言を言うのは弱さの証。
鬼にとって悪しき行為だ。」
唇を噛む実鈴。つい、棘のある態度で返してしまう。
「……血も洗い流さずに、それを言いに来たのですか?」
瞬時に血が上る関緋。
「いい加減にしろ!!!
女という特権で許されるのも、限度があるぞ!!」
実鈴の手首を掴んで、無理矢理引き寄せる。
「嫌っ!!痛ぃ……!!」
「子供達を成す時だってそうだ!
お前が始めから俺を素直に受け入れとけば、あんな辛い事にならなかったのだぞ!?
なのに……どうして分からん……!!」
また一方的な考えの押し付け。
「放して!!」
実鈴は半ば泣きそうな顔で身じろぎした。
関緋も感情を上手くコントロールできず、悲痛な顔で彼女の腕を引く。
側で控える鴇羽は、族長である関緋のやる事を止めに入る訳にもいかず、怯えてオロオロするばかり。
そして元実は声も出せない程、恐怖で硬直していた。
また実鈴が望まぬ事をされる。
そう思われた中で、ただ1人が両親の争いを冷静に見つめていた。
緋寒だ。
子供の彼には、『碌に顔を見せない男が、緋寒の大好きな母を泣かせている』という風に見えていた。
鬼の本能が、幼児に闘争心を湧き上がらせる。
(ははうえ!!)
緋寒は小さな牙を見せて唸り、そして噛み付いた。
関緋の腕から薄く血が出る。
その瞬間、理性が飛ぶ関緋。
同じように牙を見せ、緋寒の首根っこを掴んで高く吊し上げた。
泰寒の死を思い起こす実鈴。
(駄目!この子まで失ったら……私は!!!!)
「止めて!!この子達には手を上げないで!」
必死に止めに入るが、関緋はびくともしない。
緋寒は果敢に関緋を睨んだ。
赤子故、無謀と勇気の区別など出来ない。
弱き者に敵意を向けられ、眉間や鼻に皺を寄せる関緋。
彼もまた殺気を向ける。実の子でないなら、憎さは倍。
「今、俺を睨んだのか?!
この酒呑童子の俺をっっっ!!」
関緋は緋寒を床に向かって投げた。
背中から叩き付けられる緋寒。
凍り付く実鈴。
「ひかぁんっっっ!!!!」
彼女は直ぐに駆け寄って抱き起こす。
「大丈夫?怪我は?」
「ははうえ……。」
緋寒はびっくりして、声も出せずに泣いていた。
幸い怪我は軽い擦り傷のみ。
関緋が最後の最後で冷静になって力加減をした事、それと鬼本来の体の頑丈さが重なって、大事には至らなかった。
実鈴は緋寒の血で赤くなった頬を見て涙を流す。
怯えていた元実も、彼女にすり寄って泣き出した。
実鈴は子供達を抱き締めて嗚咽した。
関緋はやっと頭が冷え、悲痛な顔で3人から後ずさった。
(また……俺は……。
過去に親にされた事と、同じ事を!)
関緋は鴇羽に「鬼なら直ぐに回復する軽傷だが、念の為、医師を呼べ」と命じ、逃げるように踵を返す。
残された実鈴は、自分の無力さを呪った。
(体が震えて何も出来なかった……。守れなかった!私の最後の希望なのに……。
このままでは、この子達は殺される……!
どうにかしなければ……!)




