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序章/この子だけが私の全て(2/3)

 実鈴が中庭を出ると、眼光の鋭い、屈強な男の鬼がこちらにやって来る。


 堀の深い、角張った顔。

 後ろに掻き上げ流した、岩肌のように荒々しい朱色の髪。

 がっしりした体に纏った赤黒い鎧。

 戦から帰ってきた所なのか、血塗れだった。

 正に鬼らしい鬼の形相。


 しかし、彼は彼女を見つけると顔を綻ばせた。

「実鈴!ここにおったか。

 今日も白孔雀のように綺麗だ……。」

 関緋は彼女の腰に手を回し、半ば強引に引き寄せた。

 実鈴の着物に血が滲む。


「ありがとうございます……。関緋様。」

 実鈴は彼に身を委ね、淑やかに微笑み返す。

 男からすれば、素直でいじらしいと感じるかも知れない。

 しかし、彼女は頑なに彼と目を合わせていなかった。

 彼女に釘付けの関緋は、そんな細かい事には気付かない。

「今日は他の鬼の村を3つ滅ぼしてきた……。

 土産もある。」

 と、家臣に金の腕輪や白翡翠の首飾りなどの宝飾品を持って来させる。

 実鈴はそれらに少々“血痕”が残っているのに気付く。


(さっきまで誰かが着けていたもの……。幸せだったかも知れない誰かの……。)

 胸の奥で渦巻く黒い感情。


 しかし、彼女は笑みを作った。

「本当に、素晴らしく……、お強い方です……。関緋様。」

挿絵(By みてみん)


 関緋が何かを言って、実鈴が相槌を打つ。

 そんな単調なやり取りが暫く続く。

 交互に聞こえる、獣の唸り声と、小鳥のさえずり。


 関緋は鎧の金具を外し始める。

「今日もよく戦った……。

 血を洗い流してくれぬか……?」

「はい……。妻の務めならば。」

  彼女は面に影を落とし、こうべを垂れた。




 2人は地下の温泉に向かう。

 

 裸になり、岩の風呂椅子に座る関緋。

 どっしりと重みのある強靭な筋肉。それに覆われた背中。

 太く盛り上がった肩や腕。古い大木のように頑丈そうな胴。


 実鈴は湯帷子(ゆかたびら ※湯浴み着)の姿で現れ、彼の横に正座する。

 そして湯を汲んだ桶に手拭いを浸して軽く絞り、彼の体を清め始めた。

 関緋は彼女に背中をくすぐられ、心地良さそうな吐息を漏らす。


 汗と共に流れ落ちる、血の混じった雫。

 実鈴は自分の色白の手が、その雫で赤く汚れるのを無感情に見つめた。


 彼女は心の中で唱える。

(私は……あの人のもの……。)


 暫く、湯が岩の湯船に流れ込む音と、桶の中で手拭いをチャポチャポと浸す音が浴場に響く。


 背中を洗い終わり、実鈴は彼の正面に移動する。

 そして、彼の首を洗おうとした時——、彼が彼女に覆い被さった。


 背後の湯船の中に沈む実鈴。


(私は……あの人のもの……。)


 彼女は込み上げる泥のような感情を抑える為に、騒がしい水中の音に意識を向けた。


 


 全身に重たいものがのしかかり、嵐のように彼女の体を振り回す。

 彼女の名を呼ぶ声と、べっとりと纏わり付いてくる全身の拘束が鬱陶しい。


 彼女は子供達を胸に抱き締める時は、心から愛おしく感じている。

 しかし今は虚無。いや、必死に無であろうとしている。


(私は……あの人のもの……。)


 彼女は手を伸ばした。

 それは(くう)に触れるだけだが、脳裏ではちゃんと触れていた。

 クセ毛で、気怠そうな目の男、その頬へ。


 その時だけ、彼女の瞳に光が戻る。

 瞳が潤み、溢れそうになって、胸の奥が締め付けられる。


(『泰寒(たいかん)』様……!)

 叫びたくても、それは許されない。

 “今の夫”の前で“昔の男”の名を言う事など。


 


 嵐が止み、彼女は解放された。


 結った髪が完全に解けており、湯の水面で水草のように揺らめいている。

 彼女は湯船の端に沈んだ湯帷子を拾うと、湯から上がった。

 岩場に座り込み、髪と湯帷子を淡々と絞って水気を取ると、湯帷子を着直した。

 背筋の曲線が美しい、色白の背中。


 関緋はそれに目を奪われ、背中から彼女を抱き締めた。

 がっしりとした腕が、彼女の胸や腹を押し潰す。

「……っぅ。」

 締め付けが強く、実鈴は思わず仰け反って苦しそうな声を漏らした。

 関緋はそれに気付かず、彼女に囁く。

「まだまだ足りぬ……。お前とは何度もこうしていたい。」

 安心したような表情。胎動でも聞くかのように、彼女の下腹部に触れる。


「はい。関緋様……。」

 実鈴は無表情で湯船の波紋を見つめた。

 

 

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