2話/御子守(みごもり) (7/8)
7.
実鈴が妊娠した頃、関緋は戦で出かけてばかりだった。
彼は時々彼女の事を思い出しては後悔していた。
(結局、怒りと欲に任せてしまった……。
これでは親達がやってきた事と何も変わらぬ……。
それに、あれだけ身を寄せようとも、実鈴に俺の想いは伝わらなかった……。)
情事において、男の一方的な気持ちの暴走程寒いものはない。
一方、実鈴。
彼女は悪阻と強いショックにより、地獄の苦しみの中にいた。
関緋の事を思い出してしまうので、まともに食事も睡眠も出来ない。
当然、子は貴重なので堕ろす事など許されない。
もっとも、堕ろせたとしても現代の中絶よりも遥かに酷い苦痛が待っているのだが。
(泰寒様……。無力でごめんなさい……。この身を守れなくて……。)
唯一、鴇羽だけが心から親身になって世話をしてくれる。
鴇羽は実鈴の背中をさすって、吐く時の気持ち悪さを和らげてやった。
「奥方様、大丈夫ですよ……。
この鴇羽に何でも言ってくださいませ。」
「……ならば、今すぐ私を殺して。」
力なく呟く実鈴。
「そ、それは……。」
また泣きだす実鈴。
鴇羽も「申し訳ございません……」と、泣きそうになった。
ある時、ある人物が訪ねて来る。
あの関緋の重臣、『白妙』だった。
白妙は自己紹介を済ませ、熟れた梅や瓜、酸味のある木の実を差し出す。
「ほれ、時期のせいでこんなものしかなかったが……。
酸っぱいものの汁なら喉を通ると思ってな。」
実鈴はどうにか身を起こして礼を言う。
「お気遣い、ありがとうございます……。」
「初産か?」
「ええ……。」
「不安であろう?」
「正直……どうでも良いです。
流れるなら流れてしまえばいい……。
望んだ子じゃありませんから……。」
白妙は実鈴が具合が悪そうに俯くのを見て黙る。
「……まあ、大志摩達から事情は聞いておる。
お前が関緋を憎んでいるだろう事も。
だが、宿った赤子に罪は無い……。」
実鈴は声を荒げる。
「知ったような事を言わないでください!
勝手に命を背負わせられる気持ち、分かりますか?
望んでいないのに、子供を産む苦しみを与えられ、そして産まれたら、『母親なんだから』と、自分の気持ちを無視してその子を愛せだなんて……。
そんなに孕んだ私が全部悪いんですか……?!」
袖で涙を隠す実鈴。
白妙は言い返さなかった。
「……生まれた子が父親(関緋)にそっくりだったら……私は正気を保てるか分かりません……。
父親と同じになるんじゃないかと不安で……。」
白妙は重たい口を開く。
「悪かった……。
……叶うなら、私が背負ってやりたいくらいだ。
私は昔、関緋と恋仲でな。彼の妻になって子を成したかった……。
だが病で子供が出来ず、関緋にも『自分の追い求める女ではなかった』とフラれた。
そして、こうして女の地位を下され、男と肩を並べて戦う道を進むのを余儀なくされている。」
「『自分の苦しみと比べたら、産めるお前は贅沢だ』と、仰りたいのですか……?」
「違う!
その腹の子は、確かに関緋の血も引いているが、関緋そのものではない。
お前の血も引いている……。
せめて、自分自身と、もう1人の自分の半分を愛して労るという風に考える事はできぬか?
そうで無いと、悲しいだけではないか……。
生き残ったお前も、存在が間違いだと言われるその子も……。」
「半分の……私……?」
実鈴は自分の下腹部を撫でた。
白妙は自分が熱くなっているのに気付き、急に背を向けた。
「……と、私のような身の女が、綺麗事を言ってすまん……。
愛してない者との子なら辛いし、何も考えたくないのは当たり前だ。
でも……どうしても、選べず宿ってしまった子供の事を考えたら言わずにおれなかった。
後はお前の自由にしてくれ……。」
白妙は牢屋を出て行った。
実鈴は梅を手に取った。
自分の腹に話しかける。
「貴方はどうして……、こんな私達を親に選んでしまったの……?
……いや、貴方は何も悪くないわね。ごめんなさい……。」
(考えを変えれば、可哀想なのはこの子も同じ……。
この子だって望んでいないのに命の形にさせられて、理不尽な理由で存在を否定される………。
そして、この子の命を肯定して幸せに育てるのも、無視して否定するのも私次第……。)
白妙は帰り道で一人呟く。
「全く……。恋敵に私は何をしてるんだろうな。
関緋もどうしようもない馬鹿だ……。よりにもよって自分を愛す筈がない女なんかと……。馬鹿……。」
側の壁を殴ってその場に崩れ落ちた。




