2話/御子守(みごもり) (4/8)
4.
実鈴は黒と赤の空間にいた。
上は墨色の空。下は血の海。
無数の鬼の死体が浮かぶその場所で、裸で泰寒と抱き合っていた。
『泰寒様……、ここにいらっしゃったのですね……。
良かった……、一緒に黄泉に逝けた……。』
『寒くないか?実鈴……。』
泰寒はその三毛猫色のクセ毛で実鈴の肩を包む。
彼は昔のように彼女に微笑む。
しかし、何かが彼女の腕を掴んだ。
化け物の太い腕。
変化した朱天鬼。関緋の腕だった。
それは実鈴を空へと引っ張る。
『実鈴!!』
泰寒も彼女の肩を掴んで止めようとする。
『泰寒様!!』
しかし、泰寒の腕はいとも簡単に千切れてしまった。
その姿は一瞬で骸骨に代わり、血の波に攫われる。
『泰寒様っ!!』
「泰寒様ぁあああっっっ!!!!!」
「ワッ!?」
眠っていた実鈴が急に叫んだので、侍女が驚く。
目覚めたそこは、昨日とは違う牢獄だった。内装は昨日より豪華で広い。
「奥方様……。顔色が悪いですよ。」
と、侍女。
実鈴は冷や汗を流し、息を整える。
「……貴女は?」
侍女は待ってましたと微笑み、自己紹介を始めた。
「申し遅れました!
関緋様より、奥方様の身の回りのお世話を仰せつかりました。
人鬼の『鴇羽』でございます。」
「『人鬼』……?」
「他所の里ではご存知ありませんか?
天鬼様が人間に血を一滴お与えになって作る、奴隷の鬼。なんちゃってな鬼。紛い物ですよ。
鬼は子供が生まれにくく減る一方ですから、こうやって働き手を増やそうとしてるんです。
……あとは、女性不足を補う為。
あ、紛い物ですから天鬼様の御子は産めませんよ。せいぜい、お世話をする程度です。」
少々お喋りだが、おっとりした喋り方なので不快にはならない。
見た目は黒い小袖を着て、黒に淡い朱が混じったおかっぱ頭の地味な小娘だ。
不思議と癒される、嫌味のないニコニコ顔に、実鈴は思わず警戒を解いた。
「私、こんなお美しい女性の下で働けて、とても幸せです……。」
頬を淡く染める鴇羽。
「……そう。ありがとう。」
と、生返事の実鈴。
今、彼女はそれどころではないのだ。
実鈴の目には生気がなかった。
(夫も家族も故郷も失い、自分1人だけ生き残ってしまった……。
ごめんなさい……泰寒様。
鬼らしく戦いで死ぬ事さえできなくて……。
私が弱かったせいで……!)
寝台の上で丸くなり、自分を責め続ける。
そんな彼女を心配しオロオロする鴇羽。
「奥方様……。今日はお休みになっていた方が良さそうですね。
『関緋様』がお会いしたいと仰ってましたが……、具合が悪いとお伝えしておきます。」
実鈴は『関緋』と聞いて、鳩尾がギュッとなった。
関緋が言った事を思い出す。
『今直ぐには難しかろう……。
しかし、強きに従うは鬼の掟だ。受け入れよ……。』
彼女は寝台に爪を立てる。
(受け入れる……?
泰寒様を……——、たった1人、私を一番理解してくれた、あの方を忘れて?
嫌……!絶対に……!)
涙は止まらず、彼女の瞼を真っ赤に腫れさせた。
実鈴は隙を見て鴇羽を気絶させると、牢屋を鬼術で壊して逃げた。
術で身の姿を変えてやり過ごし、なんとか城を脱出する。
だが、途中で別の鬼の一族に囲まれてしまう。
実鈴程の麗しい女鬼が森を駆け回るのは「捕まえてくれ」と言っているようなものだ。
獣と同じく、女鬼の香りが周りの男達に存在を知らせてしまうのだ。
男鬼達が一斉に取り押さえようとしたその時——、彼らに別の何かが襲い掛かる。
タオヤメだった。
「これで学んでくださいねぇ。奥方様♡
1人で外に逃げたとして、別の男共に囚われ無理矢理結婚させられた挙句、そいつらの子供を作らされるだけですよぉ?」
タオヤメは術で作った血色の蛇をばら撒いた。
それらは男鬼達の足元に絡み付くと、伸びて極太の硬い針になった。
下半身から脳天を串刺しにされ、絶叫する男鬼達。
彼らを始末すると、タオヤメは実鈴を蛇で縛った。
いくら力を入れても固い鎖のようにびくともしない。
「放して!!朱天鬼の妻になんてなりたくない!」
抵抗する実鈴。
タオヤメは舌打ちすると、彼女の腹を殴って気絶させた。
「贅沢で、嫌な女……。
本当、関緋様は何でこんなアバズレに夢中なのかねぇ?産ませるとか、女だからとか、それ以上の強い執着を感じる……。
もぉお〜僕というエチエチが側にいるのにねぇ〜。僕ならコイツと違って逃げないし、いつでも結婚OKだよぉん♪」
タオヤメは何もない宙にズキュゥと生々しい接吻をすると、実鈴を担いで森の奥に消えた。
<ここまでの新しい登場人物>
『鴇羽』
・人鬼という人間から鬼にさせられた天鬼の僕。
実鈴の前は関緋の侍女だった。
元人間というだけで馬鹿にされがちな人鬼だが、彼女は侍女として特別手際が良いと天鬼達の間で評判らしい。




