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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<<契約書>>


此処に、エルビナとレイラ・ドルーならびにダイアナ・ドルーとの間に交わされし契約内容を記すものとする。

本書に記された規定のいずれか一つにでも背いた場合、前金の返金を求むことは一切かなわず、契約は即刻破棄されることを依頼人は了承せねばならない。


■第一条

請負人たるエルビナの素性、背景、交友関係その他の私的情報を探ることを一切禁ず。

■第二条

調査終了の日に至るまで、依頼人はエルビナの邸宅への立ち入りを自由とし、制限してはならない。

■第三条

依頼事項および調査過程に関わる一切の情報を、たとえ血縁においても第三者に漏らしてはならない。

■第四条

いかなる事情があろうとも、依頼人が契約を一方的に破棄する場合は、所定の依頼料全額を支払うこと。

■第五条

請負人の行動に妨げとなる言動、または調査の方針を途中で変更すること、厳に慎むこと。

■第六条

依頼人は可能な限り、請負人の調査に誠意をもって協力すること。

■第七条

請負人を他者に紹介する際は、必ず事前に紹介内容ならびに依頼内容を文書にて作成し、オーランド亭の《マチルダ》宛に提出すること。

■第八条

依頼人が本契約の条項に違反した際は、その紹介者に対しても、以後一切、請負人との接触・依頼を認めないものとする。

■第九条

依頼期間中、請負人とは友人として振る舞うことを許可するが、契約終了後は、たとえ公の場にて遭遇したとしても、声をかけることは固く禁ずる。

■第十条

もし依頼人、またはその関係者が、いかなる理由であれ請負人に危害を加えた場合は、重罰を受けることを、ここに了承する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あの・・・最後の項目について、お伺いしても・・・?」


「ええ。書かれている通りですわ。正義とは、力の使い方次第で、簡単に色を変えますものね」


エルビナは肩をすくめて微笑んだ。

冗談のような軽さと、冗談では済まない本気の圧。

ようは、違反すれば、牢屋行き。


「わかりました・・・」


レイラは息を呑むと、緊張の面持ちでサインを走らせた。


「お嬢様もどうぞ」


エルビナは柔らかく笑い、赤い顔のダイアナに紙とペンを手渡す。

ダイアナも震える手で契約書を目で追い、少し考え込むものの、最終的には困惑したままサインを記した。


「ご署名、ありがとうございます。こちらが写しでございます。レイラ様、お納めください。依頼完了の折には、回収させていただきますので、それまでお手元で保管ください。よろしくお願いいたしますね」


「あ・・はい。わかりました」


「では、詳しくお話をうかがいましょう」


そう言って姿勢を正すエルビナに、レイラは軽く頷いた。

隣では、相変わらずダイアナがエルビナの妖艶な微笑みに顔を赤く染めている。

その様子を横目に、レイラは静かに語り始めた。


「この子が・・・ダイアナが十歳の頃、五歳年上のバリュー侯爵家の次男、イアン様と婚約を結びました。ダイアナは一人娘でございますゆえ、結婚後はイアン様を婿としてドルー伯爵家を継いでいただく方向で、両家の合意を得ておりました。・・・しかし、三年ほど前より、ダイアナとふたりきりになると、イアン様が強い口調で怒鳴るようになった、と・・・」


「なるほど。それは、さぞ怖かったですね・・」


エルビナがダイアナに視線を向けると、彼女の細い指先がわずかに震えているのが見えた。


「私たち親の前ではまったくそんな素振りは見せず、イアン様は常に礼儀正しく・・ですから、最初は、ダイアナが何か勘違いをしているのかと疑ってしまったのです。ですが、ある日、侍女のひとりが偶然・・・イアン様がダイアナに手を挙げている場面を目撃してしまって・・・。

イアン様が帰られたあと、娘に問いただすと、“外から見えぬ場所を殴られたり、蹴られたりする”と・・・」


「信じがたい話ですね」


「ええ。それで確認したところ、身体のあちこちに確かに痣があって・・・」


ダイアナの目に苦悩の色が濃く差す。レイラはそっと娘の肩に手を添え、やさしく抱き寄せた。


「娘が言うには、“親に話せば、もっと酷い目に遭わせる”と・・・。それを知ったとき、さすがに黙ってはいられず、バリュー侯爵閣下に書簡を送り、イアン様の行いについてお伝えしました。ですが、返答は芳しくなく「よくある恋人同士の諍いであろう」とのことで・・・」


「・・・なるほど」


「その後、イアン様は怒りをあらわにし、ダイアナを階段から突き落としたそうです・・・」


言葉の重みが空気を凍らせる。


「幸いにも、娘は打撲で済みましたが・・・。倒れた娘のそばで、イアン様は薄く笑っていたそうで・・・」


「・・・」


「我々伯爵家は、侯爵家にこれ以上は強く出られません。けれど、婚儀まで残された時間は一年を切っております。このまま娘が嫁げば、命すら危ういのではないかと夫とも話し合いました。・・・・信頼するジョエル侯爵夫人に相談したところ、「エルビナ様に頼るほかない」と助言をいただきました」


「事前にイアン様はお調べにはなりましたか?」


「はい・・女性関係、遊興、賭博など、一般的な調査項目は調べましたが、何も問題は見つかりませんでした。普段から、評判もよく、真面目な方であるとの声が多く・・・」


「わかりました。ダイアナ様に伺います。こちらも準備がございましてすぐには動けません。しばらくの間、今の状態で我慢できますか?」


「・・・はい・・・・頑張ります・・・」


ダイアナは声は小さかったが、何とか持ちこたえてくれる目をしていた。

エルビナは、ダイアナの手をふわりと握り、目が合うとにこりと笑った。


「私は、必ずダイアナ様のお力になります。期間限定ではありますが、何かご相談があれば遠慮なく友としてお声がけくださいね」


ダイアナは、こくこく頭を動かしながら、そのエルビナの笑顔にうっとりとため息をついた。


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