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ほどなくして、マチルダがティーポットを手に部屋へ入ってくる。テーブルにお茶を置いたのを見計らい、エリーナは声をかけた。


「マチルダ、準備はできている?」


「はい、エリーナ様。いつでも出発できます」


「今日の依頼者の説明をしてくれるかしら」


「本日の依頼者は、レイラ・ドルー伯爵夫人です。一人娘のカリーナ様の婚約者の素行調査を希望されています。状況次第では、婚約の解消につなげたいとのことです」


「素行調査ね・・・」


「はい。ただ、このお相手、バリュー侯爵家の次男だそうで、かなり用心深いようです。これまでに数人の調査員が接触を試みたものの、まったく尻尾をつかませなかったようで・・・」


「ふうん・・・本当に素行が悪いのかしら? 事前調査の内容は?」


「ええ、限りなく黒かと」


「なるほどね。伯爵家の立場から、侯爵家に一方的に婚約解消は申し出にくい。だからこそ、夫人は確実な形で終わらせたいってわけね?」


「そのようです」


「わかったわ。ありがとう。そろそろ時間ね、伯爵夫人をお待たせしてはいけないわ」


「エリーナ様、馬車の準備が整っております」


「ええ」


マチルダは表向きこそ宿の女主人だが、実はこの宿のオーナーはエリーナ自身である。マチルダは、かつてエリーナの母の侍女を務めていた人物で、今もこうして陰ながらエリーナを支えてくれている。


エリーナが馬車に乗り込むと、にっこりと笑って手を振った。その様子に、思わず吹き出してしまうマチルダ。


「エリーナ様、貴婦人は手なんて振りませんよ」


「あら・・・」


自分の手を見て不思議そうな顔をするエリーナ。


「マチルダと一緒にいると、つい本当の自分が出ちゃうのよね・・・気をつけないと」


「エリーナ様、お気をつけて」


「ええ、行ってくるわね」


そう言って微笑むと、馬車はゆっくりと夜の街を進み出す。

車内では、マチルダが用意した資料をめくりながら、エリーナがふたたびエルビナへと姿を変えていく。



街の中心にある、貴族専用のサロン。その前で馬車が静かに止まった。

エルビナを迎えたのは、ドルー伯爵家の執事と名乗る男だった。


彼の案内で、エルビナはサロンの奥にある個室へと向かう。


廊下ですれ違う数人の貴公子たちは、皆一様に彼女に目を奪われた。

あからさまに見つめる者、頬を赤らめて目をそらす者、反応はさまざまだ。


執事が、ある部屋の前で足を止め、丁寧にノックしてから扉を開ける。


室内には、顔色の優れない婦人と、今にも泣き出しそうな若い令嬢の姿があった。

二人の顔立ちはよく似ており、すぐに母娘だとわかる。

そして何より、彼女たちは明らかに緊張していた。


「こんばんは。はじめまして、エルビナと申します。本日は素敵なお茶会にお招きいただき、ありがとうございます。いろいろなお話を伺えると聞き、楽しみにしてまいりました。今後はぜひ、友人としてお付き合いいただけると嬉しいですわ」


にっこりと微笑みながら、いつもの口上を述べる。

その瞬間、夫人は目を見開き、令嬢は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせていた。


エルビナに初めて会う者は、大抵こうなる。

妖艶な美貌の持ち主、この国でも、エルビナほどの容姿を持つ者はほとんどいない。


最初に我を取り戻したのは、ドルー伯爵夫人だった。


「こんばんは・・・エルビナ様。私はレイラ・ドルーと申します。こちらは娘のダイアナです」


「こ・・・こんばんは、エルビナ様。ダ、ダイアナ・ドルーです」


「ふふ、なんて可愛らしいお嬢様でしょう」


「どうぞお掛けになってくださいませ」


そう声をかけて、レイラはエルビナを観察する。


(・・話には聞いていたけれど・・この方が“依頼を百十パーセント成功させる”と噂の銀の姫君と呼ばれる、エルビナ様。正体は不明で、本当の素性を知る者はいないって聞いているわ・・・それにしても、なんて美貌なの。私でさえ見惚れてしまった・・・こんなに目立つ容姿なら、素性なんてすぐに割れそうなものなのに・・・王族とも親しいという噂もあるし・・・やはり、只者じゃないわね・・・)


観察されている気配はありつつも、先ほどよりも柔らかな表情で、エルビナに席をすすめるレイラ。

エルビナは、美しい所作で椅子に腰を下ろした。


「サイモン、お茶の準備をお願い」


レイラが執事に声をかけると、すぐにティーセットと菓子が用意され、テーブルの上に並べられた。

夫人は三人だけで話したいと言い、人払いを済ませる。部屋には三人だけが残った。


「では、ドルー伯爵夫人。本題に入りましょう」


「は、はい・・・」


エルビナの凜とした声に、空気が張りつめる。


「ご紹介者様の紹介状は、お持ちいただいていますか?」


「はい、こちらに……」


夫人は、花びらの透かし模様が入った美しい封筒を取り出し、テーブルの上に置いた。

エルビナはその封筒を優雅に手に取り、丁寧に開封する。

中身を確認すると、折りたたんで再び封筒に戻した。


「確かに拝見いたしました。ご紹介者様は、ジョエル公爵夫人のミラー様ですね」


エルビナは、信頼できる紹介者からの紹介状がなければ仕事を引き受けない。

それは自身の身を守るためであり、軽々しく情報を漏らすような依頼者は、相手にもしない。

紹介者たちも、エルビナの信頼を裏切れば今後一切仕事を頼めなくなることを心得ているため、紹介には細心の注意を払うのだ。


「では、伯爵夫人。こちらの書類をご確認いただき、この契約書にご署名をお願いいたします」


エルビナは、美しく整った筆跡で細かく書かれた契約書を取り出し、レイラの前にそっと差し出した。


レイラはそれを手に取り、静かに目を通し始めた。


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