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「エルビナ様?いかがなさいましたか?」


呆然と手紙を見つめるエルビナに、ミランダがそっと声をかけた。


「あ‥‥‥い、いえ‥‥‥」


エルビナはぎこちなく微笑んだが、手元の手紙から目が離せない。


(ユラナス・ハインド侯爵?‥‥‥たしか、アリア・アイゼン侯爵令嬢とご結婚するはずでは?‥‥‥これは、いったい‥‥‥)


手紙には、男性らしい筆跡で、タリファに宛てられた熱い想いが綴られていた。


(ユラナス・ハインド侯爵‥‥‥隣国ともなると調べるにはやっかいね‥‥‥手紙はとりあえず持ち帰るとして‥‥‥さて、どうしたものか‥‥‥)


エルビナは思案をめぐらせながら、手紙をそっと自分の鞄に滑り込ませた。


「エルビナ様、ドレスを並べ終わりました」


「ありがとうございます」


グラデーションのように色鮮やかに並んだドレスを、エルビナは一着ずつ丁寧に手に取っていく。タリファのような令嬢なら、きっと何かを隠しているかもしれない。

そう感じたからだ。


(ドレスの内ポケット、裾、刺繍の裏‥‥‥隠すには十分な場所がある)


協力するミランダの手を借りながら、細部にまで目を凝らす。

全てのドレスを確認するのに、一時間近くかかった。


そして、その中の一着の隠しポケットから、小さな銀の笛が転がり出た。


(犬笛?)


「ミランダさん、こちらのご邸では犬など飼っていらっしゃいますか?」


「犬ですか?‥‥‥いえ、飼っておりません」


「この笛に見覚えはありませんか?」


ミランダは首をかしげ、小さな笛を手に取ってしげしげと見つめる。


「ずいぶん小さな笛ですね?‥‥‥いえ、初めて見ました」


「そうですか‥‥‥」


(なんの笛なんだろうか‥‥‥)


「ところで、この本もお借りしてもよろしいでしょうか?」


エルビナは、件の『ラビリー博士の地図』を差し出した。


「え、あ、はい。奥様から、エルビナ様が必要とされるものは、すべてお渡しするようにと申しつかっておりますので。どうぞお持ちください」


「ありがとうございます。では、そろそろ私は失礼いたしますが片づけをお願いしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、もちろんでございます‥‥‥どうかタリファお嬢様のこと、よろしくお願いいたします」


エルビナは会釈しながらドレスルームを後にした。

公爵夫人は今、別の客人の対応中らしい。応接間には立ち寄らず、トーマスの案内で玄関へと向かう。


「エルビナ様、どうぞよろしくお願いいたします」


玄関先で深々と頭を下げたトーマスの声には、彼なりの懇願と信頼がにじんでいた。

彼もまた、ミネルバと同じように、タリファの無事を強く願っているのだ。


エルビナは黙って一つ頷くと、馬車へ乗り込む。

ドアが閉まり、蹄の音が石畳を打ちはじめると、窓の外の風景がゆっくりと流れ出した。


(ユラナス・ハインド公爵からの手紙、そして笛‥‥‥やはり、ただの失踪ではない?)


エルビナの視線は遠く、空の曇り空をにらむように見据えていた。

馬車は静かに、次なる目的地『オーランド亭』へと向かっていた。



「おや、エルビナ様じゃないか?今夜はどうしたんだい?」


オーランド亭に入ると、受付にいたマチルダが明るい声で出迎えた。


「マチルダ、後でお茶を持ってきてくれない?お菓子をもらったんだけど一人だと味気ないから‥‥‥一緒にどう?」


「‥‥‥いいんですか?わかりました。十五分後でもいいかい?」


「ええ、待っているわ」


「‥‥‥あ、そうそう、何か書類を預かってるよ。今持ってくかい?」


「書類‥‥‥後でお茶と一緒に持ってきてくれる?」


「はいよ」


マチルダは笑顔を残して厨房へと消えていった。


(書類‥‥‥忘れていたわ。マルス王女のあれね‥‥‥それも考えないと‥‥‥)


エルビナは部屋に入ると、持ち帰った本、手紙、小さな笛をテーブルに並べた。椅子に腰かけ、その三つをしばし黙って見つめる。


「ユラナス・ハインド侯爵‥‥‥レイリー王国の騎士団長‥‥‥今は戦場に出ているはず。なのに、どうしてこんな手紙が。事実確認が先ね。公爵夫人に話すのは、それから‥‥‥」


コンコン‥‥‥‥‥‥


「どうぞ」


マチルダだと思って、深く考えもせずに返事をした。しかし、入ってきたのは‥‥‥


「今日は、ずいぶん、あっさり招き入れてくれるんだな?」


入ってきた人物は、金髪にスカイブルーの瞳、高身長で整った顔立ち、しかしその人柄は、残念極まりない。我が国の騎士団長にして第二王子、カミーユ・フォンベルクだった。


「‥‥‥‥‥‥」


「ん?どうした?」


彼は勝手知ったる様子でソファに腰を下ろす。


「‥‥‥殿下、うっかり部屋に入れてしまいましたが、これからマチルダと仕事の話があります。関係ない方は出て行ってくれませんか?」


「う~ん‥‥‥嫌かな」


「嫌?」


「そう。嫌」


カミーユは、スカイブルーの瞳を細め、口元に笑みを浮かべながらさらりと言った。

いつもなら「面倒だし、まあいいか」と、この場に留まらせておくのだが・・・

今回はそうはいかない。行方不明事件の可能性はまだ消えておらず、公爵夫人からも「騎士団にはまだ伝えないで」と強く言われている。

そういうわけで、殿下がこの場にいるのは、大変、まずい。


「そうですか‥‥‥困りましたね。今回の件は、クライアントとの秘密厳守の契約下にあります。殿下のような部外者には、お話できません」


エリーナは困ったように眉を下げて、丁寧に説明した。


「そうか。でも安心してくれ。外には漏らさないと誓うし、手助けもできるぞ。自慢じゃないが、俺はいろいろと役に立つ」


(‥‥‥この美丈夫な顔面に、拳を一発くれてやったら少しはスッキリするだろうか)


そんな物騒な考えが頭をよぎり、エリーナはふぅと深いため息をついた。


「殿下、違います。はっきり申し上げます。これは、私の信用に関わる問題です。殿下は部外者。その部外者に、たとえ一言であっても情報を漏らすことはできません」


そんな言い争いをしていると、ナイスタイミングで聖剣ラグザを伴ったマチルダが部屋に入ってきた。


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