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翌日、ネグレス侯爵家の前に馬車で到着したエルビナは、執事の案内でタリファの部屋へと通された。

ローズは後ほど来るということで、先にエルビナは室内をざっと見て回る。


タリファの部屋は、まさに「若い令嬢の部屋」という雰囲気そのままに、淡いピンクを基調に整えられた愛らしい空間だった。


ネグレス侯爵夫人が来るまでは、部屋の外観だけを確認するにとどめ、到着次第、引き出しやクローゼットの中を見せてもらうつもりでいた。


ひととおり目を通したが、部屋は整っており、特に怪しいところは見受けられない。

エルビナが視線を部屋の隅々に走らせていると、扉の向こうから颯爽とネグレス侯爵夫人ローズが現れた。


「ごきげんよう、エルビナ様」


「こんにちは、ネグレス侯爵夫人。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


(実際には私が押しかけた形なのだけれど‥‥‥)


エルビナは、ローズの後ろに控える執事や侍女への配慮として、丁寧にそう挨拶した。


「私は別の部屋におりますので、終わりましたらお声をかけてください。お手伝いとして、ミランダとトーマスを付けておきます。どちらも事情を把握しておりますので、どうぞご遠慮なくご指示を」


ミランダとトーマスは、それぞれネグレス侯爵家の侍女長と執事長らしい。静かに一礼し、壁際に控えている。


「ご配慮、ありがとうございます。お言葉に甘えて、お手伝いをお願いさせていただきますね」


「何かありましたら、この者たちにお申しつけください。それでは、失礼いたします」


「あ、ネグレス侯爵夫人。タリファ様が部屋を出て行かれてから、こちらのお部屋に入られた方はいらっしゃいますか?」


ローズは一瞬考えてから、静かに答えた。


「‥‥‥私と夫、そしてこの二人だけです」


「そうですか。ご回答ありがとうございます」


ローズはそのまま踵を返し、部屋を後にした。


エルビナは、壁際に控える二人に一瞥を送り、「それでは」と言って、まずは机の引き出しを開けてみた。

中は丁寧に整理されており、特に不審な点は見当たらない。


次にベッド周りを確認する。大きめのぬいぐるみが三つとクッションが置かれているだけで、ここも問題はなさそうだった。


クローゼットを開けると、色別に整えられたドレスがずらりと並んでいた。

エルビナは一着ずつ丁寧に動かしながら、衣類の陰に何か隠されていないかを探っていく。

しかし、靴や帽子、細々とした装飾品がぎっしりと並べられたクローゼットは想像以上に物が多く、隅々まで調べるのは容易ではなさそうだった。


やや困ったような顔をしたそのとき、侍女長のミランダが静かに声をかけてきた。


「エルビナ様。クローゼットの中の物を、一度外にお並べいたしましょうか?」


‥‥‥‥‥‥なんてよく気の利く侍女なのだろう。

エルビナは内心感心しながら、にこやかに「お願いします」と応じた。


三人は黙々と、クローゼットの中の衣類を外へと運び出していった。

よくぞこの狭い空間に収まっていたものだと思うほどの量が、次々と部屋の中央に積み上がっていく。


「ミランダさん、タリファ様がお気に入りだったドレスは、どれかわかりますか?」


「ええ‥‥‥こちらと、こちらかと存じます。よくお召しになっておられました」


ミランダが示したのは、グラデーションが美しい淡い紫のドレスと、木漏れ日のような透明感を持つグリーンのドレスだった。


「では、その二点をトルソーにかけていただけますか?」


「トルソーですか?‥‥‥かしこまりました。只今ご用意いたします」


トルソーの準備に向かったのは、執事のトーマスだった。


その間も、エルビナは手を止めない。ミランダがドレスを丁寧に整えているあいだに、化粧台へと歩を進めた。


化粧台には、整然と並べられた化粧品が置かれている。

引き出しを開けると、中には髪飾りやネックレス、イヤリングなどの宝飾品が収められていた。


「ミランダさん、ちょっといいですか?」


「はい。なんでしょうか?」


名前を呼ばれたミランダが、足早にエルビナのもとへやってくる。


「この中で、無くなっているものはありますか?」


「ええ、ございます。奥様が既にお調べになっていますが‥‥‥」


ミランダはやや声を潜めながら続けた。


「お嬢様が成人なさったときに旦那様がお贈りになった、エメラルドの大きな首飾りとイヤリングのセット、それから、大ぶりのサファイアのネックレスが見当たりません。いずれも、お嬢様がお持ちだった中でも、特に高価なものでした」


「他には?」


「はい、本が数冊‥‥‥なくなっておりました」


「何という本ですか?」


「それが‥‥‥どの本がなくなったのか分からず‥‥‥ただ、本棚にあるはずの本がなくなったとしか‥‥‥」


「どういうことでしょう?」


「はい。お嬢様は、本棚には隙間なく本を並べる方でした。読み終えると書庫に戻し、また別の本を入れられて。旦那様が研究者だったこともあり、屋敷には膨大な書物がございます。ですが、その種類や冊数を正確に把握している者はおりません‥‥‥」


「通常は、書籍を購入すれば一覧などを作成すると思いますが‥‥‥?」


「ええ、購入した書籍については一覧に記録しております。ただ、旦那様は研究者でしたので、ご友人との本の交換や貸し借りが日常的に行われておりました。そのため、すべてを把握するのは難しく‥‥‥」


「なるほど‥‥‥」


エルビナは無言で本棚へと歩み寄り、空いたスペースを指でなぞる。

本棚には、恋愛小説、歴史書、動物図鑑、地図、薬草に関する医術書などが、ジャンルにかかわらず本の高さ順に並べられていた。


ふと、ひときわ高さの合っていない一冊に目が留まり、手に取る。


「ラビリー博士の地図?」


これはこの国とその周辺諸国の地形やその成り立ちについて書かれた有名な書籍だった。 誰もが一度は手にしたことのあるもので、珍しい本ではない。懐かしさを感じながらページをめくると、何かがするりと床に落ちた。


エルビナはしゃがみこみ、それを拾い上げる。

その手が、ぴたりと止まった。


‥‥‥手紙だ。


エルビナは本をそっと棚に戻すと、手紙を広げて読む。



最愛のタリファへ


四月三日いつもの時間、いつもの場所で待っているよ。

僕が君のことを愛しているのは、君もわかっているだろう?

大丈夫、心配しないで。すべての準備は整っている。

レイリー王国に着いたら、二人で幸せになろう。

必ず来てくれると信じている。


ユラナス・ハインド


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