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三章がはじまります。

今回のタイトルは「Uranus」ユラナス。キーマンは男性です。

エリーナは叔母のいる隣国へと旅立ちます。

色々なことに巻き込まれるエリーナのドタバタな日常をお楽しみください。


「ねえ、聞いた?子爵令嬢がまた行方不明になったって!」


「護衛付きだったのに、忽然と姿を消したらしいわよ」


「これで何人目?」


「やだ、怖くて街になんて出られないわ」


「……あっ、見て!エリアス様よ!」


「いつ見ても素敵!」


「エリアス様の心を射止めるのは、誰なのかしら!?」


「最近ではアリア様か、サーシャ王女殿下が有力って噂よ?」


「まあ!アリア様のお名前、急に浮上してきたわよね!」


「ええ、エリアス様を助けて以来、よくお話しされてるそうで……」


「私もエリアス様をお助けしたいわ!」


「今日の夜会服、ご覧になった?なんて素敵なの!」


「あれって……エルの館のアーデン様のお仕立てじゃない?」


「そうそう。アーデン様が男性服を仕立てるのはエリアス様だけだって。確かに、あのデザインを着こなせるのはエリアス様だけよ!」


「ああ、一度でいいからダンスをご一緒したいわ!」


夜会会場に入ってきたエリアスを目で追いながら、令嬢たちは熱い視線を送っていた。


そのとき、颯爽と歩くエリアスに近づいていく一人の女性が。


「あら、珍しい。サラサ様よ」


「まあ本当!相変わらず可愛いわ。ラグザ様がご執心すぎて、最近は夜会でもお見かけしなかったものね」


「見て見て、愛されている女性のお顔つきね!益々可愛さに磨きがかかってるわ。羨ましい・・・!」


淡いクリーム色のドレスに身を包んだ小柄な女性が、エリアスの前で止まった。


「ご無沙汰しております、サラサ夫人」


「お久しぶりね、エリアス」


ふんわりとした金髪に、大きな緑の瞳。まるで妖精そのもののサラサは、聖剣ラグザの妻。若々しく、未成年にも見えるほど可憐だが……。


うっかり近づけば、類まれな頭脳で翻弄され、気づけばボロボロにされている。という噂が絶えない。


「今日は来てくれてありがとう。急で呼んでしまって悪かったわ。あとで少し、お時間ちょうだいね」


「ええ、承知しております」


「ところでエリアス、その夜会服アーデンの仕立てかしら?」


「はい、左様でございます」


「素敵ね。あなたが着ると、今期の夜会はその色ばかりになりそう。今度ラグザにも仕立ててもらおうかしら」


サラサはにっこりと笑う。


「サラサ様、本日ラグザ様は?」


「今日は遠征中なのよ。夜会に一人で行くな!って出かけるまで大騒ぎ。でもちゃんと説得したわ。だって、今日はどうしてもエリアスに会いたかったから」


「……それは光栄です」


「ふふ。あなたなら、ラグザも渋々ながら納得するでしょう?」


「ええ、まあ……」


エリアスも苦笑しつつ、微妙な同意を示す。


ラグザは少年時代からサラサに片想いを続け、何度も玉砕しながらようやく結婚にこぎつけた。騎士団長と言う職を辞してまで彼女と共にいる道を選んだ、まさに愛に生きる男。


夜会にも年に数回、夫婦で姿を見せるが、その際は片時もサラサから離れない。

「できすぎた番犬」というあだ名まであるほどだ。


「あら、サーシャ殿下もあなたを待ってるみたい。また後でね」


「はい、後ほど」


サラサは壇上のサーシャに手を振りながら、その場を離れた。



「サーシャ姫、今宵もたいへん美しく……」


「エリアス、挨拶は不要だ。今日はいつまでいるんだ?」


「サラサ様から、何やらお話があるようでして……話が済み次第、退席を」


「ふむ。ではその前に、私に時間をくれ。マルス王女から預かったものがある」


「マルス王女殿下から……ですか?」


「ああ。どうやら相当感謝されてるらしいぞ?」


意味深な笑みを浮かべるサーシャ。


「……ありがたいことですが……わかりました。お声がけください」


「では、令嬢たちに囲まれる前に、一曲付き合え」


「もちろんです」


エリアスはサーシャの手を取り、階段を下りながらホールの中央へ。

ざわめきと視線が集中する中、優雅に踊り始めた。


ダンスを終えると、喝采の拍手が二人を包む。


「三十分後にまた」


そう告げて去るサーシャを見送り、エリアスは白ワインをひと口飲む。


その背には、今にも飛びかからんばかりの勢いでエリアスを狙う令嬢たちの視線が突き刺さる。


(絶対に振り向かないようにしなくては……)


そんなことを思っていたところに、ひとりの令嬢が声をかけてきた。


アリア・アイゼン侯爵令嬢。


先日、エリアスが徒歩で城へ行った際、中に入れるよう取り計らってくれたのが彼女だった。

それ以来、会えば挨拶をしてくるが、押しつけがましさのないスマートな物腰に、エリーナは、彼女に好印象を抱いていた。


「ごきげんよう、エリアス様。サーシャ王女殿下とのダンス、いつ見ても息ぴったりで素敵ですわ」


「アリア様、ご機嫌麗しく……そう言っていただけると、無事にサーシャ王女殿下の引き立て役が務まったようで安心しますね」


「まあ、冗談がお上手ですこと。お二人とも本当に素晴らしかったですわ」


アリアは扇で口元を隠し、ふふっと上品に笑った。


「そういえば、先日のお礼がまだでしたね。あの時はありがとうございました。アリア様は何か欲しいものはございませんか?」


「まあ……エリアス様。私はほんの少しお口添えしただけです。お礼はあの日、すでに過分にいただいておりますわ」


アリアは、ほんのりと頬を染め自分の手の甲に視線を落とす。

たぶん、あの時の口づけのことを言っているのだろう。

謙虚な物言いに、エリアスはこの令嬢には誠意を持って接しなければと思う。


「いえ、あれはただの挨拶です。なにか他のものを……」


「……では、私と一曲だけダンスを。エリアス様と踊ってみたいと、ずっと思っておりましたの。お願いできますか?」


「そんなことでよろしいのですか?」


「ええ、ダンスがいいのです」


「承知しました。では、アリア様、私と一曲踊っていただけますか?」


エリアスは膝をつき、アリアの手を取った。

その光景を見た令嬢たちから、悲鳴が上がる。

これまでエリアスが膝をついたのは、サーシャ王女殿下ただ一人。

今、それが侯爵令嬢に対してなされたのだ。

数人の令嬢がふらりと倒れ、会場は騒然となり、また違った悲鳴が上がっている。


「エリアス様……よろしくお願いします」


頬を染めたまま、アリアはその手を取った。

指先が触れた瞬間、ほんの少しだけ力がこもったが、それもすぐに落ち着きを取り戻す。

彼女は背筋を伸ばし、表情を整えながら一歩を踏み出した。


二人は、ゆるやかな足取りでダンスフロアの中央へと進んでいく。

その動きには迷いがなく、まるで最初から決められていた儀式のような静けさと緊張感があった。


音楽が流れ始めると同時に、ドレスの裾が揺れ、靴音が床に柔らかく響いた。

所作は正確で、流れるような回転のたびにアリアのドレスがふわりと舞う。


その洗練された動きに、次第に会場の空気が変わっていく。談笑していた貴族たちの声がやみ、グラスを持つ手が止まる。誰からともなく視線が集まり、気づけば二人のまわりには静寂が広がっていた。


「素晴らしい踊り手だと思っておりましたが……エリアス様とのダンスは、お相手への気遣いが感じられて、とても自然に身体が動きますわ。こんなに楽しいダンスは、本当に久しぶりです」


アリアはそう言って、ふとエリアスを見上げる。彼女の頬にはわずかに紅がさしていたが、それ以上に、その笑顔は照明に照らされて、きらめくシャンデリアの光を受けてさらに輝きを増した。


「嬉しいお言葉です。アリア様こそ、まるで羽のように軽やかに踊られますね。こちらこそ、とても楽しいですよ」


エリアスは穏やかな声で応えながら、リズムに合わせて彼女の手を軽やかに導いていく。二人はフロアを旋回しながら、他の視線を気にする様子もなく、静かな会話を続けていた。


「……エリアス様には、とても素敵な思い出を作っていただきました。実は私、まもなく嫁ぐことが決まりまして、国を出ることになったのです」


唐突な、その言葉にエリアスはわずかに足取りを緩めた。だがすぐに歩調を戻し、変わらぬ笑顔で尋ねる。


「そうですか。それは、おめでとうございます……ところで、どちらの国へ?」


「レイリー王国ですわ。エリアス様のご出身の国と、うかがっておりますが……」


「……レイリー?……ええ、そうです。レイリー王国は、豊かで落ち着いた国です。文化も栄え、人々も穏やかです。きっと、安心して暮らせると思いますよ」


「私の幼馴染が結婚相手なのですが……もう長く会っておりませんので、少し不安もあるのです……」


アリアはそっと視線を落とし、ドレスの裾が揺れるのを見つめながら呟いた。


「不安……?」


「……ああ、ごめんなさい。せっかくの素敵なダンスなのに、余計なことを話してしまって。でも……少しだけ……レイリー王国の話を聞かせてくださらないかしら?」


「もちろん。それは構いませんが……私はむしろ、不安そうなアリア様のことが気になります」


エリアスの真っ直ぐな視線に、アリアは驚いたように目を見開く。

しばし言葉を失い、二人は視線を交わしたまま、静かに舞い続ける。


「幼いころに……五年ぐらい、一緒に過ごした方なのです。彼は隣国の方でしばらくして帰国されました。それから……大人になってからは顔も見ていなくて……最近、噂を耳にしました。戦を好み残虐な性格だと……」


「……残虐?」


「はい。彼は今、レイリー王国の騎士団長を務めているのですが……戦場では女性も子どもも容赦なく手にかけると。昔の彼とは、まるで別人のような話で……」


「そういえば、レイリー王国は現在、隣国と戦争中でしたね」


「ええ、エリアス様はご存じだと思いますが……情勢も少し不安定と聞いております。それもあって、心から喜ぶことができず……」


アリアの声はわずかに震えていた。彼女は視線を上げず、ダンスの動きだけは崩さないように努めていた。


「レイリー王国の騎士団長といえば……たしか、ユラナス・ハインド侯爵でしたか?」


「ええ、そうです……ユラナス様です」


その名を口にした瞬間、アリアの瞳がほんのわずかに曇った。美しい音楽の旋律が流れる中で、二人の会話には、音楽とは異なる重みが含まれていた。


「それは……不安にもなりますね。私にできることなど限られておりますが……」


エリアスは一拍置いて言葉を選ぶように視線を落とし、再びアリアを見つめた。


「戦場となっているヴェルス王国との国境付近では、確かに治安も悪化し、多くの方が命を落とされていると聞いております。ただ、レイリー王国の王都に限っては、まるで戦など起きていないかのように、平穏な日々が続いているそうです。ハインド侯爵の邸は王都にあるので、アリア様に直接危険が及ぶ可能性は、そう高くないかと……そう、私は思います」


「……エリアス様、ありがとうございます」


アリアはそっと目を伏せ、そしてふっと息を吐くように微笑んだ。


「そうですね。自分の目で何も見ていないのに、怖がってばかりではいけませんわね……気が楽になりました」


そう言って、アリアは音楽に合わせて軽やかに最後のターンを舞う。その所作はどこか安堵を含んだ柔らかさを帯びていた。

曲が終わると、二人は互いに優雅に一礼し、言葉を交わすことなくその場を離れる。


エリアスは、去っていくアリアの後ろ姿をしばし見送った。気になる思いは残ったが、アリアにできることは何もなく、ただ心の中で「頑張ってください」と静かに願いを送ることしかできなかった。


ふと辺りを見渡すと、いつの間にか周囲の令嬢たちがじわじわと距離を詰めてきているのが感じられた。エリアスは気づかぬふりで穏やかに微笑み、ゆっくりとその場を後にする。


そろそろ、サーシャとの約束の時間だった。

エリアスは王族の控室へ向かって、静かに舞踏会場をあとにした。


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