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「マルス王女殿下は、区切りをつけにきたのではありませんか?」
「わ、私は・・・」
マルスは拳を握りしめる。カミーユが先に声を上げた。
「俺は、マルス王女とは結婚しない。そう言ったはずだ!」
珍しく、カミーユは怒っているようだった。だが、今この場では殿下の主張は不要だ。
「殿下、口を出さないでください」
「いいや、出す。俺はマルス王女に何の感情も抱いていない。俺が想っているのは・・・・」
「マルス王女殿下!お願いです!!愛されていない方と結婚などしないでください・・・あなたには、幸せになってほしい!!いくら国が決めたとはいえ・・・!」
驚いたことに、カヴィルはカミーユを睨みつけた。
王族を睨みつける度胸があったことに驚く。
「・・・あなたが幸せになれないのなら、私は・・・私はあなたを諦めきれなくなってしまうっ!」
「!!!」
マルスは目を見開き、カヴィルを凝視した。
一方、言葉を発した当のカヴィルは、自分が何を口にしたのか一瞬理解できず、呆然と立ち尽くす。
(さすが殿下・・・見事なかませ犬ね!)
カミーユもカヴィルに言葉を遮られ、口を開いたまま固まっている。
「・・・マルス王女殿下、カヴィル様。どうやらお二人とも、お互いを諦めきれないようですね」
エルビナの言葉に、二人は衝撃をうけた顔をする。
その時、アーデンが鞄から何かを取り出し、マルスに近づく。
異変に最初に気づいたのはカミーユだった。
カミーユは飛び出そうとしたが、エルビナに腕を掴まれ、動きを止められる。
マルスはアーデンの気配に気づかず、不思議そうにエルビナとカミーユの方を見る。
一瞬の出来事だった。
アーデンが、マルスに向かってキラリと光るものを振り上げた。
その間に飛び込んだのは、カヴィルだった。
「・・・・!!」
「カヴィル様!!」
アーデンがカヴィルの首あたりにそれを叩きつけたように見えた。
ゆっくりと倒れ込んだカヴィルに縋り付くマルス。
「なぜこんなことを!!」
マルスはアーデンを殺さんばかりの目で睨みつけ、飛びかかろうとする。
「落ち着いてください、マルス王女殿下!!」
エルビナの鋭い声が場を制す。
マルスもカミーユも、アーデンも、揃ってエルビナに視線を向けた。
「・・・いかがですか?アーデン様?」
冷静な声で、エルビナはアーデンに問う。
「合格だ」
アーデンは満足そうに、マルスとカヴィルを見つめる。
その言葉に、エルビナは内心でほっと息をついていた。
アーデンが「一肌脱ごう」と言ってくれたとき、こう続けていたのだ。
『ただし、本人たちがどれほど真剣に相手を想っているのか、確認させて。特に男の方は、王女のために命をかける覚悟があるのか・・・公爵家が彼らに手を貸すかどうかは、それを見極めてからにする。もし中途半端な男なら、もちろん協力はしないわ』
「ええ、もちろんよ、アーデン・・・」
正直、これはエルビナにとっても賭けだった。
二人が互いを想っていることは、二人の話を聞いた時から分かっていた。
だが、その想いがどれほどのものなのかまでは測れなかった。
エルビナは、愛について不器用だ。自覚している。
だからこそ、見るだけでは本当の愛の大きさなど分からなかった。
「合格?・・・」
場の雰囲気にそぐわないアーデンの発言に、マルスは困惑する。
「・・・あれ?私は・・・」
倒れていたカヴィルが、むくりと身を起こした。
「カヴィル様!!よかった!生きていた!!」
マルスがカヴィルに抱きつくと、彼は顔を真っ赤にし、あたふたと慌てる。
「ただの当身だ。生きてるに決まっているだろう」
アーデンは手に持ったペンを掲げ、からからと笑う。
カミーユは、そんなアーデンを怪しげな目でじっと見ていた。
「では、事情を説明しましょう・・・アーデン」
エルビナに促され、アーデンは頷く。
席に着くと、どこか上品に小指を立てながらお茶を一口飲み、話し始めた。
「カヴィル様。あなたは、自らを顧みず、マルス王女殿下の前に即座に飛び込み、自分の身を盾にして守った。そして、マルス王女。あなたは、公爵家の私に咄嗟に飛びかかろうとした・・・」
アーデンは「合ってるよね?」という表情で、二人を見やる。驚いた顔の二人のその反応に頷きながら、言葉を続けた。
「そこには、確かに相手を思いやる気持ちがあった。試したのは申し訳ないが、私としても見極める必要があったのでね」
「見極め・・・?」
マルスもカヴィルも、話の展開が読めず、戸惑っていた。
「ここに、現シャルレイ公爵・シニードより、正式な書類がある。シャルレイ公爵家は、マルス王女殿下の王配として、レオス・カヴィルを当家の養子として正式に迎え入れ、我が家の名を背負わせ、王女殿下の隣に立たせることをここに承諾する」
「!!!!!!!」
マルスは口元に手を当て、声も出ないほど驚いていた。




