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約束の日は、思っていたよりも早く訪れた。

マルス王女は、明日にはリオン国へ帰る。


エリーナはサーシャに頼んで人払いをし、静かな客間を用意してもらう。


先にその部屋に通されたのは眼鏡をしていないレオス・カヴィルだった。色つきの眼鏡をかけたまま王族に会うにはふさわしくないと思ったのだそうだ。

彼は落ち着かない様子で、手持ち無沙汰に立っていた。


ほどなくして、扉が静かに開いた。


入ってきたのは、薄紅のドレスに身を包んだマルス王女。

けれど、その気品に満ちた佇まいとは裏腹に、彼女はどこかそわそわと視線を彷徨わせながら、足早に部屋へと入ってきた。


その姿を見た瞬間、レオスは息を呑んだ。視線を逸らそうとしても、もう遅かった。

彼の目は、まるで過去から抜け出してきた幻を前にするように、マルスから目が離せなくなっていた。


一方、マルスもまた、懐かしい何かを探すように彼の顔を見つめていた。


「では、お二人とも、どうぞソファにおかけください」


エルビナはにこやかに促しながら、向かい合わせのソファの間に立ったまま、二人が席に着くのを見届けた。

レオス・カヴィルとマルス王女が緊張した面持ちでソファに腰を下ろすと、彼女もようやく自らの椅子に静かに腰かけた。


「まずは、初めまして、レオス・カヴィル様。私はエルビナと申します。今回はマルス王女殿下のご依頼を受けまして、同席させていただいております。どうぞよろしくお願いいたします」


優美に一礼し、エルビナはにっこりと笑みを浮かべた。


通常であれば、その笑顔を向けられた者は、時が止まったかのように見惚れ、顔を赤らめるものだった。


けれど・・・


カヴィルは彼女に一瞥をくれただけで、ぺこりと丁寧に頭を下げると、すぐに視線をマルス王女へと戻した。


(・・・・あら?)


エルビナは小さく首を傾げながら、マルスに視線を移す。

すると、彼女は真っ赤になった頬を隠すように、視線を下へと落としていた。


(ふふ・・・これはこれは)


内心、エルビナは思わず微笑んだ。

この話し合い、どうやら想像以上に面白い展開になりそうだ。

そう思いかけた、その時だった。


バーンッ!


勢いよく扉が開く音が室内に響いた。


「エルビナ!俺も同席するぞ。当事者だからな!」


大声とともに現れたのは、カミーユ殿下だった。


マルスとカヴィルは思わず目を見開く。

その場にふさわしくない騒々しさに、室内の空気が一瞬にして変わった。


けれど、エルビナは微動だにせず、落ち着いた口調で告げた。


「・・・カミーユ殿下。この席は、こちらのお二人のために設けられたものです。当事者とは、こちらのレオス・カヴィル様とマルス王女殿下のことを指します。残念ながら、殿下は当事者ではございません」


毅然と、はっきり言い切るエルビナ。


その光景に、カヴィルは思わず口をぽかんと開けて彼女を見つめた。

王子に対しても一歩も引かず、堂々と言い切る女性がいることに、純粋な驚きを隠せないようだった。


「まあ、よい・・・マルス王女、俺もこの席に同席させてはくれないだろうか?」


マルス王女はちらりとカヴィルを見やり、ほんの少し考えてから、静かに頷いた。


「ありがとうマルス王女。エルビナ、そういうことだから、少し端に寄ってくれ」


そう言うなり、カミーユはエルビナが座っていた二人掛けのソファに、当然のように腰を下ろしてきた。


「殿下、狭いです。あちらの椅子におかけください」


エルビナは、室内の隅に置かれた一人掛けの椅子を指さす。


「よい、ここで」


そう言って、カミーユはソファに深く腰を沈め、動く気配を見せない。

その態度には、「ここにいる」とはっきりした意志がにじんでいた。


「・・・・わかりました。マルス王女のご許可もいただいておりますので、カミーユ第二王子殿下もこの場に同席されます。カヴィル様、よろしいでしょうか?」


「えっ・・・あ、はい。もちろんです」


カヴィルは緊張を隠しきれない様子で返事をしながらも、かろうじて平静を保っていた。

エルビナはうなずくと、軽く姿勢を整えた。


「では、マルス王女様。私が見つけてまいりましたお方をご紹介いたします。現在、フォンベルク国の財務部にお勤めでいらっしゃる、レオス・カヴィル様です」


「レオス・カヴィル様・・・・・・」


マルス王女は、ゆっくりと、一語一語を大切に発音しながらその名を口にした。

その声音に込められた想いに、カヴィルは思わず顔を赤らめる。


「カヴィル様のご実家は、リオン国のカヴィル伯爵家にあたります。ただし、現在はこちらの国で暮らしておられるため、家名の称号は使用されておりません」


「ほう・・・」


低く呟いたのは、カミーユだった。

その一方で、マルスの表情はわずかに陰りを帯びる。


「・・・カヴィル様。あなたは・・・昔のことを覚えていらっしゃいますか?」


マルスの声は、細く、けれどはっきりと震えなく響いた。


「はい、覚えております」


カヴィルの返答もまた、静かに、しかし確かな響きを持って返された。


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