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「ちょっと!私のドレスによだれがついてるじゃないの!」
朝になると、いつものようにアデルが当然のように部屋に現れる。
エリーナは夜通し刺繍に没頭し、そのままドレスを布団代わりにして寝てしまったらしい。
「汚い!ありえない!!バカ!クズ!なんて鈍くさいの!」
義姉は騒ぎ立てるが、だが、紫の薔薇の刺繍は見事で、もはや元のドレスの何倍もの価値があるようにすら見えた。アデルもそれをわかっているのか、直接攻撃をしてこない。
「・・・すみません・・・今朝まで刺繍してました・・・今日は、何か・・・」
「お姉様と私で、急きょお茶会に呼ばれたの。リオン王国の王女がもうすぐご帰国なさるから、王宮で伯爵令嬢以上の私たちをおもてなししてくださるらしいのよ。その準備に人手が足りないから、あんたの謹慎、今日だけ解除してあげる。手伝いに来なさい」
「はあ・・・」
「早くしなさいよ!せっかく私が迎えに来てあげたんだから!」
たしかに。侍女を寄こせば済むことなのに、なぜアデルはわざわざ私の部屋に来るのか。
・・・解せない。
アデルは先に戻ると言い、エリーナ渾身の刺繍が施されたドレスを持っていった。
まだ最後の糸処理が済んでいないが、自分で持っていったのだから、多少糸が出ていても構わないだろう。
少し遅れて部屋に入ると、マルグリットがエリーナを見つけ、あからさまに顔を歪めた。
「なんで、あなたがここに?」
「あ、はい・・・アデル様に呼ばれまして・・・」
「アデル?!どう言うこと?」
「お母様に言われたのよ。私たちの手伝いをさせろって」
マルグリットは、令嬢とは思えない舌打ちをした。
「エリーナ、私には触らないで。アデルが連れてきたんだから、アデルを手伝いなさい」
「はい・・・」
エリーナが一歩、アデルの方へ踏み出す。
「私も嫌よ。触らないでほしいわ。あんたは、侍女たちを手伝いなさい」
「わかりました」
侍女たちは、ここぞとばかりにエリーナをこき使い始めた。
キッチンやら倉庫やらを何往復もさせられ、さすがのエリーナも息を切らす。
(さすがに疲れたわね・・・)
バタバタと義姉たちが出ていき、侍女たちもそれぞれの持ち場へ戻っていく。
そのとき、侍女長がエリーナの腕を掴み、離れの部屋へと引っ張っていった。
無理やり部屋に押し込むと、ガチャリと鍵をかける。
鍵がかかった瞬間、ようやくホッとして、その場に座り込む。
お腹はすいていたが、それ以上に眠気が勝っていた。
目を閉じた途端、強烈な眠気に襲われる。
(床固いけど・・・もう、ダメ・・眠い・・・)
そのまま床に倒れ込むようにして、エリーナは眠りに落ちた。もはや気絶に近い。
スースーと寝息を立てる彼女は気づかなかった・・・・
地下から上がってきた人物が、彼女をベッドに運び、テーブルにサンドイッチを置いて、何も言わずに立ち去ったことに。
もし気づいていたら、不法侵入で訴えていたかもしれない。
「・・・カミーユ、今日は早かったな。お前さんを捕まえに行かなくていい分、楽で助かる」
ラグザは剣の手入れをしながら、帰ってきた甥に声をかけた。
「ちょっと話したいことがあったんだけど・・・疲れて寝ていたから帰ってきた」
「今日はどこまで行ったんだ?」
「離れの家だ」
「・・・あのな、前から言おうと思ってたんだが、それ完全に不法侵入だからな」
「・・・床で倒れて寝てたんだ。疲れ切るまで働かされてるのを、俺はいつまで黙って見てればいいんだ・・・」
「おーい、聞いてるか?俺の話・・・」
カミーユは、ラグザの話をまるっと無視して考え込んでいる。
「全く、聞く気もないみたいだから、俺はもう家に帰るぞ」
ラグザは、思索に沈むカミーユを放って、愛する妻のもとへと帰っていった。




