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もともと、このグレイ伯爵家には、父・トーマスと母・エミリア、そして娘のエリーナの三人が暮らしていた。

だが、トーマスとエミリアの仲は政略結婚という事情もあり、決して睦まじいものではなかった。


エリーナが十歳のころ、母エミリアは肺の病を患い、あっけなくこの世を去った。

その喪が明ける間もなく、トーマスは現夫人メルバをこの屋敷へ迎え入れた。


メルバが連れてきたのは、父によく似た二人の娘。

彼女たちが玄関をくぐったその瞬間、賢いエリーナは直感した。


「あ、これ、ダメなやつだ・・・・」と。


年齢の順に、長女マルグリット、次女アデル、三女エリーナ。

けれど、血のつながりを無視するかのように、トーマスとメルバは二人の娘だけを本当の娘として扱い、エリーナを家の使用人として位置づけた。


本邸にエリーナの部屋はなく、与えられたのは屋敷の奥にある古びた離れだった。

離れといっても、隙間風の吹き込む小さな一間に、粗末なキッチンがついているだけの、寒々しい建物である。


それでもエリーナは、文句ひとつ口にせず、日々の雑用に身を投じていた。


午前中の仕事を終わらせると、背中を丸めたまま自分の離れへ向かう。

手には、捨てて良いと言われたアデルのドレスを持っている。


自分の部屋に入ると、「う~~~ん!!!!」と大きな伸びをして背筋を伸ばす。


「はぁ・・・背中を丸めていると疲れるのよねぇ」


ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、エリーナは鏡の前に立つ。

顔にかかっていた髪をバサリと手でかき上げると、鏡には、そばかすが描かれているものの白磁器のようなきめ細かな肌と、アメジストのように艶やかな大きな瞳が映し出された。

思わずため息が漏れるほど、美しい顔がそこにあった。


ほっそりとした肢体には、ふっくらと女性らしい曲線が宿っていた。

だがそれを隠すように、いつもだぼだぼの地味な服をまとっている。

この姿に気づく者など、誰ひとりとしていない。


この容姿は、母方の血によるものだった。


エリーナの母は、隣国の侯爵家から、このグレイ伯爵家に嫁いできた。

もとはといえば、嵐の夜に母の父、つまり祖父が馬車で立ち往生していたところを、たまたま通りかかった先代グレイ伯爵が助けたのがきっかけだったという。

それから両家は親しくなり、酒に酔った老人二人が勝手に「孫同士を結婚させよう」と盛り上がった。

それが政略結婚の真相だった。


だが、父にはすでに男爵家の娘、メルバという恋人がいた。

家同士の結びつきのため、仕方なく母と結婚したものの、心は常にメルバのもとにあり、母の存在はまるで無視されていた。


祖父たちに「早く孫の顔を見せろ」と迫られた父が頑張った(?)末に、母は私を身ごもった。

しかし、母も負けず劣らず気の強い人だった。

結局、私を父に会わせることなく、長年離れて暮らしていた。


今になって思えば、会ったことのない娘より、すぐそばにいる愛しい人との我が子を可愛がるのも無理はない。

今のこの状況は、なるべくしてなったと、言えるだろう。


そして極めつけは、あの二人の祖父たちだ。

仲良く居酒屋で酒を飲み、ほろ酔いで連れ立って帰る途中、なんと二人とも馬車に轢かれて、あの世へ旅立った。


・・・まったく、誰にとっても迷惑な話である。




エリーナは、本宅で不要になったボロボロの絨毯を自分の部屋の床に敷いている。


その端をめくると、床板の一部に取っ手がついた扉が現れる。

そこに手をかけて持ち上げると、暗い地下へと続く階段が現れた。


足を踏み入れると、するすると慣れた様子で降りていく。

階段の先には、意外なほど広い地下の空間。


長く続く通路を抜けると、ほどなくして城下町の外れにある古井戸の中へとたどり着いた。


井戸の縁に手をかけ、「よいしょ」と体を持ち上げる。

地上へ出ると、遠くから城下の賑やかな声が聞こえてきた。


「刺繍糸を買って、ドレスは染め直して・・・縫い直せば、義姉にバレずに今どきのドレスになるわね。明後日は依頼主に会いに行くんだから、二日で仕上げなくちゃ!ああ、忙しい!」


口元に笑みを浮かべながら、エリーナは冴えない格好のまま、手芸用品店へと走り出した。


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