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「エリアス様!」


サーシャ姫のもとへ向かって城内を歩いていたエリアスに、珍しく男性の声がかかった。

振り向くと、文官のレオス・カヴィルが立っていた。


「カヴィル様?」


「先日は、ありがとうございました」


「いいえ、私は頼まれただけですので・・・」


「はは、そうですよね。ご迷惑をおかけして・・・というところでしょうか」


カヴィルは苦笑いを浮かべた。


「今はお昼休みですか?」


「いえ、これから南五番街のダムへ向かうところです」


(出た!ここでも南五番街!)


エリアスは、なんなんだ!?南五番街!と思いいながら素朴な疑問を口にした。


「カヴィル様は財務部なのに、なぜダムに?」


「ああ、近く大規模な修繕があるので、予算の見積もりを立てるために現場を見に行くのです。あの辺り、あまり治安がよくなくて・・・土地勘のある私が行くことになりまして・・・」


カヴィルは薄く色のついた眼鏡を押し上げる。


「・・・カヴィル様は、あのあたりに土地勘があるのですか?」


「ええ、昔あの辺りに私の伯爵家で管理していた土地がありまして。今はダムの底ですけど」


「伯爵?・・・」


「ええ、もっとも伯爵といっても、この国ではなく隣国リオンでの地位です。私は幼い頃からこちらに住んでいたので、ほとんどフォンベルク国の国民のようなものです。両親は帰国しましたが、私はこちらに残りましたので・・・まあ、今ではただの平民ですね」


そう言って、カヴィルは笑った。


「そうだったのですね。前回お会いしたときに所作が美しかったので、貴族のご出身では?と思っておりましたが、リオン王国の血筋でいらっしゃいましたか」


エリアスは納得したように頷いた。


「大した家柄ではないのですが・・・・」


カヴィルは少し照れたように頭をかいた。


「レオンーーー!出発の時間だぞー!!」


そのとき、背後からカヴィルを呼ぶ声がした。


「すまない、今行く!」


声の方に返事をしてから、エリアスに向き直り、ぺこりと頭を下げる。


「エリアス様、お引き止めしてすみません。私も行かなくては!」


そう言って、少し慌てた様子で振り返るカヴィル。


「ええ、お気をつけて・・・・」


「はい、ありがとうございます。では」


カヴィルは小走りに去っていき、エリアスはしばらくその背中を見送った。


ふと気づけば、足を止めていたエリアスに気づいた一人の令嬢が声を上げ、周囲にも人が集まりはじめていた。


「まぁ!あれは、麗しのエリアス様じゃない!?」


「キャーーーーーッ!今日も素敵だわ!!!」


「どちらにいらっしゃるのかしら?!」


「見て!あの黒髪。いつ見ても、とてもミステリアスで素敵ね!」


「あの紫水晶の瞳で覗き込まれたいわ!!!」


エリアスは令嬢たちに微笑みを返し、足早にその場を立ち去った。



「・・・殿下、私はサーシャ姫に呼ばれてこちらに来たのですが・・・なぜ、ここに?」


サーシャの部屋に入ると、そこにいるはずのない人物が当たり前のように座っていた。

サーシャは目をぐるりと回し、あきれたようにカミーユを睨む。


「エリーナ待っていたぞ。マルス王女の話しでこちらに来たのだろう?俺も気になってな・・・」


そう言いながら、サーシャが用意した焼き菓子を当然のように口に運んでいる。


「まだ数日です。進展はありませんよ。殿下のほうが早く動いていたはずですよね?私より情報をお持ちなのでは?」


「いやぁ・・・なんだかんだでラグザに邪魔されてさ。細かい調査は一人じゃなかなか難しいんだよ・・・」


「カミーユは、私がエリーナに依頼するって最初から読んでたんだよ」


サーシャが鼻で笑いながら言う。


「そんなことないぞ!俺だってちゃんと探してる!」


「カミーユ、やるならもっと真剣にやれ」


「サーシャ、それはひどいなぁ。お兄ちゃんはな、騎士団の仕事もして、人探しもして、街の治安も守ってるんだぞ?」


「・・それは初耳だな。大抵、任務から逃げてるようにしか見えなかったが」


「・・・・サーシャはまだまだ若いなぁ」


と、苦笑しながらまた焼き菓子に手を伸ばすカミーユ。

その瞬間、バチンッ!


「それはカミーユ用じゃない。エリーナ用だ。食べるな」


サーシャが菓子に伸びたカミーユの手を容赦なく叩いた。


「エリーナ、サーシャがすっごい反抗期なんだけど・・・」


じりじりとサーシャから距離を取りながら、こちらに話を振ってくるカミーユ。


「エリーナ姫は反抗期ではありませんよ。それはもう終わりました」


「おい・・・・」


サーシャが何か言い返しかけたその瞬間


バンッ!!!


毎度おなじみ、勢いよくドアを開けて現れたのはラグザだった。

そしてカミーユは、まるで危険を察知した猫のように素早く身を引いた・・・が、時すでに遅し。


「叔父上、遅かったですね」


紅茶に口をつけながら、サーシャはまるで全てを見通していたかのように落ち着いた声で言う。


「サーシャ、遅くなってすまない!・・・・そしてエリーナ、また会ったな!」


カミーユはじたばたと暴れながらラグザの腕から逃げ出そうとしているが、がっちりホールドされていて一歩も動けない。


「叔父上、最近逃げられる回数が増えたのでは?」


「いやぁ〜、サーシャは相変わらず手厳しいな!」


ラグザは豪快に笑いながら、そのままカミーユを抱え、部屋を出ていく。


「待てってラグザ!!俺は今から重要な話をっ!!」


「部下が待ってる!行くぞ、カミーユ!!」


話を一切聞く気配もなく、ラグザは暴れるカミーユを小脇に抱えたまま、どんどん遠ざかっていった。


「ちょ、ほんとに待てええええええええっ!!」


「・・・・・」


「・・・ようやく静かになったな。まあ、座れ。ちょっと待ってろ。菓子を替えさせるから・・・」


そう言って、続きの間に控えていた侍女を呼び、お茶と菓子を新しくさせるサーシャ。

人払いを済ませると、ようやく二人で向き直った。


「例の件はどんな感じだ?」


「依頼内容の話はできませんが・・・・。パズルのピースは集まりつつある・・とだけ」


「そうか。さすがエリーナだな」


「サーシャ姫。マルス王女にお聞きしたいことがあります。ただ、エリアスの姿のままではお会いできませんので・・・この手紙を、サーシャ姫からお渡しいただけませんか?」


「ああ、わかった。預かろう」


サーシャは、差し出された手紙を受け取る。


「それと、サーシャ姫、リオン国の王配について伺いたいのですが・・・」


「王配?私もそんなに詳しくはないのだが・・・なんだ?」


「たとえば、位の低い者が王配になる場合って、どんなときなのでしょうか」


「・・・そもそも、普通はそういうことにはならないだろう。貴族たちが納得しないからな」


「・・やはり、そうですよね」


「まあ、普通はあり得ない話だ。ただ、どうしてもそうせざるを得ない事情がある場合は、まず貴族たちを納得させたうえで、王女の相手をどこかの高位貴族の家に籍だけでも入れさせる・・・そんな形を取ることもあるらしい」


「高位の貴族籍・・・」


エリーナは黙り込んで考え込む。サーシャは、その横顔をじっと見つめた。


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