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マルスが五歳のとき、父王の視察に同行してこの国を訪れた。

本来であれば、警護の都合上、フォンベルク国の王宮に滞在するのが通例だったが、特別にリオン国の別荘を使うことになった。


この別荘は城からは遠く、仕事のある王と側近は王城へ、母とマルスと母付きの騎士たちと使用人が別荘へ泊まることとなった。


周囲には何もない。小さな湖と広い草原だけ。

近くの街のはずれにあると聞いたが、今となってはその場所の名前すら覚えていない。

けれどマルスは、そんな場所が大好きだった。

毎日元気に走り回り、自然の中で遊んでいた。


ある日、母が近所のご婦人とお茶をしているあいだ、退屈したマルスはこっそり抜け出し、いつもの湖へ向かった。


その日も、草を使ってお薬を作ったり、泥を丸めて丸薬を作ったりと、せっせと“お仕事”。

マルスの夢は「お薬屋さん」になることだった。

だから、おままごともいつも薬屋さんごっこ。

大人になるにつれ、それが夢物語だとわかってきたが、あの頃のマルスにとっては、それが叶う夢だと信じていた。


「やあ、何を作っているんだい?」


「・・・」


「この、丸いお団子は食べるものかい?」


マルスより年上に見える男の子が、興味深げに話しかけてくる。

マルスはぷいっと顔を背け、黙ったまま無視した。


「・・・・・」


「わかった。君、言葉が話せないんだね?かわいそうに・・・」


その言葉が気に障り、マルスは怒った。


「話せるもんっ!お母様から知らない人とは話しちゃいけませんって、言われてるんだもん!」


男の子は、ふっと笑った。

その顔にカチンときて、マルスは更に声を荒げる。


「もう!はやく、出てって!ここは、私のお庭よ!あなた、なんでここにいるの!?」


「僕も、ここにいていいって、母上に言われたんだ」


「うそよ!だって、わたし、お母様からそんなこと聞いてない!」


「・・・ねえ、君は友だちって知ってる?」


「友だちぐらい知ってるわ!」


「友だちは何人いる?」


「・・・た・・たくさんいるもん!」


「本当に?何人?」


「・・侍女のケリーに、庭師のハンス、料理長のカール・・・」


「それ、使用人だよね?」


「ち・・ちがうもん!」


「僕は、君の友だちになりに来たんだ」


「・・・友だち?」


「そう、友だちだよ」


「・・・わたしと、友だちになりたいの?」


「うん。友だちになってくれる?」


「・・・」


友だち・・・その言葉が、マルスにはとても特別な響きに聞こえた。


「・・・いいわよ・・・友だちになってあげても・・」


男の子はまた笑って、マルスが作った泥団子を摘んだ。


「・・・それで、これは何を作ってたの?」


「丸薬よ。何にでも効くの」


「薬?」


「そうよ、わたし大きくなったら薬屋さんになるの」


「・・・薬屋に?」


「うん、薬屋さんよ。具合の悪い人を全部助けるの!」


マルスは晴れやかに笑った。


「・・・すごく、いい夢だね」


「夢じゃないもん。だって、本当になるんだから!」


「そうだね・・・」


「でしょ?」


「じゃあ、僕は先生の助手をやるよ」


「先生・・・・いいわ。友だちだから、手伝わせてあげる!」


先生と呼ばれたのが嬉しくて、マルスはご機嫌になり、男の子にあれこれ指示を出す。

男の子も、楽しげに笑っていた。


「じゃあ、助手、あそこの白い花を摘んできて」


「はい、先生、どのくらい持ってきますか?」


「三本よ」


「了解です!」


お互いの名前も名乗らないうちに、薬屋さんごっこをしていたら、あっという間に時間が過ぎる。


お互い名前も知らないまま、夢中で遊び、あっという間に時間が過ぎた。

夕方、侍女が迎えに来たとき、マルスは別れが寂しくて泣き出してしまった。

男の子は困った顔で「また来るよ」と言って、マルスをなだめた。


それから何度か、一緒にお薬屋さんをした。

だが、父の仕事が終わり、帰国の日がやってきた。


「明日、帰ることになっちゃったの・・・・」


「・・・そっか、友だちになれたのに、残念だね」


「ねえ、助手はこの国に住んでるの?」


「うん」


「じゃあ、また来たら遊べる?」


「・・・たぶんね」


「わたし、また来るわ。絶対よ!」


「うん、また遊ぼう」


「・・・・ねえ、将来わたしが薬屋さんを開くとき、一緒に手伝ってくれる?」


「うん、いいよ。一緒にやろう」


「じゃあ、結婚しなくちゃ」


「・・・結婚?」


「うん、だってお母様が言ってたもの。男の人と二人きりで部屋にいていいのは、結婚した夫婦だけって・・・」


「そうか、そうだね・・・確かに」


「だから、助手、わたしと結婚して!」


「・・・うん。いいよ。僕も先生と一緒に薬屋をやれたら楽しそうだと思う」


「じゃあ、約束して」


「うん、約束する」


「指切りして」


マルスは少し照れながらも小指を差し出す。

男の子は、それを見てまた笑った。


「うん、約束だ」


指をからめたそのとき、マルスは思った。

助手の小指が、少しだけ曲がっているのを見て、彼が「赤ちゃんのときに事故にあったんだ」と笑いながら言っていたのを覚えている。

それよりも記憶に残っているのは・・・・


彼の目。陽の光を閉じ込めたような、琥珀色の、けれど時折虹のようにきらめく不思議な瞳だった。


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