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「遅かったな、エリアス」
「少々、野暮用がありまして・・・。サーシャ姫のもとへ伺うのが遅れたこと、どうかお許しください」
「野暮用?」
エリアスは唇の端を持ち上げ、意味ありげな目でサーシャを見た。
「ええ、野暮用です」
「まあ、いいか。今日はテラスでお茶にしよう」
「珍しいですね?テラスですか?」
「ああ、こっちだ」
サーシャに案内され、ふたりは普段あまり使われていないテラスへと向かう。
すでにお茶の支度は整っており、エリアスはぐるりと辺りを見回した。
「どうだ?たまには、こういうのも悪くないだろう?」
いたずらが成功した子どものように、サーシャは嬉しそうに笑った。
「ええ、いいですね。庭の花園が一望できるとは」
エリアスは眼下に咲き誇る花々に目を細める。
「とりあえず座れ」
「はい」
そう言いながらエリアスはサーシャの椅子を引き、先に座らせると、自分も隣に腰を下ろした。
サーシャは次女がお茶を注ぎ終えるのを待ち、準備が整うと人払いをした。
「エリアス、マチルダから聞いたか?」
「はい、伺っております」
「驚かせて悪いが、少々込み入った事情があってな・・・」
「?」
「あれを見てくれ」
サーシャが指差したのは、眼下に広がる花園の一角だった。
エリアスが目を向けると、そこには一人の令嬢が数人の侍女に囲まれて佇んでいる。
陽の光を受けた金に近いブラウンの髪に、高貴な雰囲気をまとったピンクのドレス。
遠目にも、その存在感は際立っていた。
「あの方は?」
「依頼主のマルス・リオン王女だ。・・・当面は、こちらに滞在なさる予定だ」
「そうなんですね。少し遠いので顔立ちはわかりませんが、あの方が・・・」
「エリアスには後日、エルビナとして会ってもらうことになる」
「承知しております」
と、その時、花園に一人の見覚えのある男性が入ってくる。
特徴的なその姿に、すぐにエリアスはその人物が誰なのかわかる。
「カミーユ殿下ですね」
彼は迷うことなく、マルス王女のもとへと歩み寄り、その目の前で立ち止まった。
ふたりが何か言葉を交わしているのを、テラスから見つめるエリアスとサーシャ。
すると突然、王女がカミーユに抱きついた。
(・・・これは、見ていていいものか?)
しかし、カミーユは慌てることもなく、そっと王女の肩に手を置き、その顔を覗き込むようにしてから、ゆっくりと彼女を離した。
まるで恋人同士のようにも見える光景。
「カミーユの噂を、聞いているか?」
「噂、ですか。・・・ご結婚の件、でしょうか?」
「ああ、そのことだ。このままだと、本当に噂が現実になってしまうんだ・・・」
「良い話では?先日殿下にお会いした時にも言いましたが、王配になれば殿下にとっても相応の立場になるのでは?良い案かと思いましたが・・・・」
「エリアス、お前・・!?」
「・・・なにか、問題が?」
エリアスの返答に、サーシャは思わず驚いた顔を向けた。
「・・・・まあ・・・今はいいか」
「?」
「マルス王女から話はあると思うが・・・今、私が言えるのは、二人ともそれを望んでいないという事なんだ」
「そうなのですか?」
「・・・ああ、そうなんだ。王族というのは、何かと厄介なものだからな」
「まあ、そうですよね。いろいろと大変だと思います・・・」
「そういうことだから、これが私からの紹介状ということで構わないか?」
「・・・通常は、書面にていただきますが・・・・サーシャ姫もいろいろとお忙しいでしょう。承知しました。ご紹介、確かに承りました」
エリアスは丁寧に頭を下げ、サーシャからの紹介を正式に引き受けた。




