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そして今日は、サーシャ殿下との約束の日だった。


エリアスはふらりと城に現れ、門の兵士にサーシャ殿下のサイン入り茶会の招待状を差し出す。

中身を確認した兵士は、徒歩で現れたエリアスを怪しみ、頭からつま先まで視線を走らせた。


怪しまれていることは承知の上で、エリアスはにこりと笑い、あえてその無遠慮な視線を受け止めた。


「今日は途中まで馬車で来たのですが、車輪が外れてしまって・・・。サーシャ王女殿下のお誘いに遅れるわけにはいかず、歩いて来たんです。まあ、徒歩で来れば怪しいのも当然ですよね。調べていただいても構いませんよ?」


両手を広げて「さあ、どうぞ」と微笑むエリアス。

そのとき、ちょうど一台の馬車が門前を通りかかり、令嬢が乗った車窓から顔をのぞかせた。


「まあ! エリアス様!? こんなところで、どうなさったのですか?」


アイゼン侯爵令嬢は、エリアスを見つけるなり、媚びるような声で呼びかける。


「これはこれは・・・アイゼン侯爵令嬢。実は、サーシャ王女殿下のお茶会に招かれておりまして。途中で馬車の車輪が壊れてしまいましてね。遅れてはならぬと、徒歩で来たのですが・・・このような格好で現れてしまえば、怪しまれるのも無理はありません。今、こちらの兵士の方に説明をしていたところなのです」


少し困った顔を浮かべながら、サーシャの紋章が入った手紙を掲げ、令嬢に悲しげに微笑む。その姿に令嬢は、ぽーっと見惚れたが、すぐに顔を引き締めて兵士の方へ向き直った。


「そこのあなた!」


馬車の中から高圧的な声を投げる。


「どうしてエリアス様の貴重なお時間を邪魔しているの?その手紙の紋は間違いなくサーシャ王女殿下のものよ。門番のくせに、それも見抜けないの?エリアス様は王女殿下のお友達なのだから、これ以上邪魔をするなら、私、黙っていないわよ!」


兵士は慌てふためき、「申し訳ございません!」と深く頭を下げ、エリアスがすぐに通れるよう道を開けた。


それを見て、令嬢は満足げに頷く。


エリアスはゆっくりと馬車に近づき、顔を近づけると、令嬢はその美貌を間近に見て真っ赤になった。


「アイゼン侯爵令嬢、この度は誤解を解くのにお力をお貸しいただきありがとうございました。お手をお借りできますか?」


「手を?」


不思議そうに差し出された手を、エリアスはそっと取り、手の甲にやさしく口づけを落とす。そして見上げるように微笑みながら言った。


「アイゼン侯爵令嬢、私のために怒ってくださって、感謝いたします」


「エ、エリアス様っ!!?」


「では。アイゼン侯爵令嬢も、お気をつけて」


軽く一礼し、エリアスは城内へとゆっくり歩いていった。


その背後から、「お嬢様!お気を確かにっ!!」という侍女の慌てた声が聞こえてきた。




普段いるはずのない人物が城の奥にある部屋の前に立った。

エリアスは財務部の受付にいた。


「すみません、こちらにレオス・カヴィル様はいらっしゃいますか?」


受付の女性文官は、エリアスの姿に目を見開く。


「っ!!エ、エリアス様・・・!?」


キャーーーッ!!!


「エリアス様が、こんな薄汚い財務部にっっ!!」


「どうしよう! 今日、髪型決まってないのに!」


「太陽も負ける、あのキラキラ・・・目が潰れる・・・!」


「こんな至近距離で見るなんて・・・心臓が痛いわ!え、今日で私の命、尽きるの?」


奥から聞こえる女性文官たちのざわめきは、もはや騒動に近い。

受付の女性も驚きのあまり、胸を押さえて口をパクパクさせている。


エリアスは苦笑しながら、再度声をかけた。


「レオス・カヴィル様はいらっしゃいますか? お呼びいただけると助かります」


「・・・は、は・・はいぃっ! ええっ、カヴィル様ですね! た、ただいま!」


ようやく我に返った受付嬢は、椅子を倒しながら立ち上がり、倒れたままの椅子など無視して全力疾走で奥へと走り去った。


・・・きっと、レオス・カヴィルを呼びに行ったのだろう。


待っている間も、エリアスを見ようと文官たちが続々と集まり、悲鳴のような嬌声が響き渡る。

何事かと男性文官まで顔を出す始末。


エリアスがにこっと微笑むと、バタンッと何かが倒れる音がした。


やがて、先ほどの文官が息を切らしながら一人の男性を連れて戻ってくる。


「エリアス様っ! お待たせして申し訳ございません! カヴィル様をお連れしましたーーーっ!!」


勢いよく文官が駆け込んできた。

そのすぐ横では、「カヴィル」と呼ばれた男が肩で息をしながら、苦しげな様子を見せている。


エリアスはそんな彼に目を向けた。

息が上がっているものの、眼鏡の奥のその顔立ちは見事に整っている。

なるほど、アデルが目を留めるだけのことはある。


「・・・大丈夫ですか?」


さすがのエリアスも少し心配になって二人に声をかける。

すぐに返事をしたのは女性の文官。


「全然っっ! 全然大丈夫ですっ! エリアス様!他にご要望は!?」


文官が元気よく返す一方で、レオン・カヴィルはぜえぜえ・・と息を吐き続けていた。


「いえ・・・カヴィル様をお連れいただき、本当に助かりました」


「エリアス様、どうぞ、あちらのテーブルをお使いください!」


女性文官は、ここぞとばかりの満面の笑みで、部屋の隅にあるテーブルへと案内してくれた。

それからというもの、お茶が二度も運ばれてきたり、お菓子が数回にわたって提供されたりと、驚くほど丁寧なもてなしを受けることとなった。


カヴィルは、少し色の入った眼鏡の位置を直しながら、目を白黒させて戸惑っていたが、エリアスはというと、お茶やお菓子を運んでくる女性たちに微笑みを浮かべながら、一人ひとりに礼を述べていた。


やっと落ち着いたところで、エリアスは前の席でお茶を飲むカヴィルに声をかける。


「急に押しかけて申し訳ありません。お仕事中かと思うので手短に・・・・」


エリアスは、テーブルの上にそっとラッピングされた小包と、一通の手紙を置いた。

カヴィルは眉をひそめ、不思議そうにその包みに目を向ける。


「こちらは、たまたま、私がある女性から託されたものです。カヴィル様にお渡しするようにと、頼まれました」


「?」


カヴィルは小包に手を伸ばすことなく、訝しげに見つめたままだ。


「ご令嬢の名は、アデル・グレイ伯爵令嬢です。私はただ、彼女の願いを受けてお届けしているだけですので・・・どうか、お受け取りください。今後のご連絡に関しては、ご本人様へ直接お願いいたします」


「アデル・グレイ・・・?」


カヴィルは名前を繰り返すが、なおも不思議そうな表情を浮かべている。どうやら、まったく心当たりがないようだった。


「それでは、私はこれで失礼いたします」


エリアスは、テーブルの茶にも菓子にも手をつけぬまま、ゆっくりと立ち上がる。

そして、視線を向けてくる者たちに気づくと、優雅に微笑みながら一礼した。

案の定、奥から小さな悲鳴が上がるが、それには構わず静かにその場を後にした。


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