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「ああ、何だったのかしら・・・今日の外出は・・・すごく疲れた感じがするわ・・」
エリーナはため息をつきながら、あばら家の裏手にある隠された階段を下りていく。
薄暗い地下道を静かに進み、辿り着いたのは誰にも知られていない隠し部屋。
そこでようやく仮面を外し、鏡の前に座って化粧を落とす。
やがて、いつもの冴えない自分の姿が、鏡の中に現れる。
(疲れたわ・・・・)
色々とありすぎて、隠し部屋から上にあがり、エリーナは離れの自分の固いベットに横になると、すぐに重たい眠気がまぶたを閉じさせた。
そして翌朝。
コン、コン・・・
何かを叩くような音が、意識の底を揺さぶった。
「・・ん・・・」
まどろみの中、エリーナはゆっくりと体を起こす。
重たい頭を振って、首を左右に回す。
まだ夢の余韻が残るぼんやりとした視界の中で、再び音が響いた。
コン、コン・・・
(・・誰?)
素足のまま窓に近寄ると、赤い鳥が黄色のくちばしで窓を叩いていた。
(サーシャ殿下の通信鳥だわ・・・)
窓を開け、足に括られた通信筒から手紙を取り出すと、パッと鳥を放す。
鳥は、まっすぐ空へと消えて行く。
手紙には、明後日の茶会に出席するようにと書かれていた。
「明後日ね。問題は、昼間どうやって家を出るかか・・・・・」
エリーナは抜け出し大作戦を考えながら、いつものだぶだぶの仕事服に着替えて、背中を丸めて、わざと身なりをだらしなくして本邸へ向かった。
「今日は暇ね・・・」
運が悪いことに、暇そうなアデルとバッタリ廊下であってしまった。
「あら、エリーナじゃない。相変わらず汚いわね」
「アデル様・・・」
エリーナは、怯えたように廊下の隅による。
エリーナのその仕草に口元を歪めニヤリと笑うアデル。
「ちょうどよかったわエリーナ、ちょっと付き合ってちょうだい」
「あ・・・あの・・・まだお仕事が終わってなくて・・・」
「いいから、私の言うことを聞きなさいよ!」
「は・・・はい・・わかりました」
エリーナはアデルの後に付き、アデルの部屋に入って行く。
「これを作って」
アデルから渡されたのは、刺繍のデザインっぽい紙。
続いて、何も言わず、真っ白な布も投げてよこす。
「あの・・・これは?・・・」
「見ればわかるでしょ?ハンカチと刺繍の図案よ」
「はあ・・・」
「いま、ちょっと素敵な人がいるのよ、皆、まだエリアス様を追いかけてるでしょ?今のうちに、その人と縁を作ろうと思って」
「??」
「わからない?まったく、バカなんだから・・・今のうちに、その人に先にアプローチするために、刺繍を入れたハンカチをプレゼントするのよ」
「その方、最近お城に入られた文官なの」
「はあ・・・」
「今日、明日は王太子殿下の視察に同行されているようなで、いらっしゃらないみたいなんだけど、明後日は、お城にいらっしゃるそうなの、だから、エリーナ、私の使いとして、刺繍したハンカチをその方に届けて。いい?マルグリットお姉様には内緒でね。わかった?!」
(凄いわね、アデル・・・私感激だわ。明後日、お城・・・なんて都合の良い用事なの!)
「わかりました!アデル様!!私、全力で頑張ります!!」
凄い勢いで、アデルの手を取りブンブン振り回す。
「やめて!離しなさい!気持ち悪い!・・・さっさと出ていって準備しなさい!」
「もちろんです!このお役目、必ずや成功させますっっっ!!!」
エリーナのあまりの張り切りように、少し腰をひきつつアデルはエリーナの手を振り解く。
「わ・・・わかればいいのよ・・・いい?必ず私の名前を出してちょうだい!その方のお名前は、レオス・カヴィル様よ」
(カヴィル・・・カヴィル・・・どこかで聞いたような?・・・どこだったかしら・・・?)
エリーナは、何かの本で見たような気がするが、それが何かが思い出せない。
(まあ、いいか!ちょうど良い時にちょうど良い用事!アデル、最高!私、お礼に刺繍頑張るわ!)
エリーナは、放り出されるようにアデルの部屋から追い出されたが、ご機嫌で刺繍を頑張ることにした。




