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翌日の新聞の一面を飾ったのは、祝宴の夜に華麗な一曲を披露した、美しき姫と美貌の貴公子「エリアス」の話題であった。
紙面には、舞踏の後、いつの間にか姿を消してしまったエリアスに「またしても踊ってもらえなかった」と肩を落とす令嬢たちの嘆きが綴られている。
「エリアス様、本当に素敵・・・・」
新聞の挿絵を見つめながら、茶髪に細い目をした令嬢マルグリットが、うっとりとため息を漏らす。
紅茶の湯気が立ち上るティーセットを挟んで、隣にはふくよかな頬と釣り目を持つ、同じく茶髪のアデルが座っていた。
「ねぇアデル。次の舞踏会、今度こそ私の番よね?」
「ええ、もちろん。でも・・・お姉さまじゃなくて、私の番かもしれないけど」
アデルはにんまりと笑い、紅茶を一口すすると、マルグリットは「やる気ね」とばかりに目を細めた。
「それは、さすがにないんじゃない?エリアス様は隣国のレイリー国の貴族様よ。レイリー国は痩せている女性が好まれていると聞くわ」
「その言い方は気に入らないわ!お姉さま!あやまって頂戴!!」
二人は、ありもしないことで、くだらない言い争いをしている。
そこへ、ひとりの娘が部屋へ入ってくる。
もじゃもじゃの黒髪にうつむいた顔、所在なげな目元は髪に隠れ、背は高いが猫背でやせ細り、身なりも質素。あまりにも冴えないその風貌は、見ているだけで不快になるほど。
「・・エリーナ、勝手に部屋に入らないでって言ったでしょ。見てるだけで空気が濁るわ」
「そうよ。入ってくるだけで気分が悪くなるの。すぐに出ていきなさいよ!まったく、同じ黒髪でもエリアス様とは大違い!」
「やめて、アデル!そこでエリアス様の名前を出さないでよ!」
ふたりの非情な言葉にも、エリーナはただ小さく肩を縮めた。
「で・・・ですが・・あの・・・昨夜アデル様がお召しになっていたドレスですが・・背中が・・・少し・・・裂けておりまして・・・」
「まあっ!アデル、また太ったんじゃないの!? 」
マルグリットが声を上げて笑い、アデルは真っ赤になって怒鳴る。
「ちょっとエリーナ!そんなこと今ここで言わなくていいでしょっ!捨てちゃってちょうだい、そんなの!」
「・・・はい。申し訳ありません・・・処分しておきます・・・」
エリーナが部屋を出ようとしたその時、扉が開き、ひときわ派手な装いの婦人が姿を現した。
「まあ、エリーナ。こんなところで怠けているの?」
「い、いえ・・その・・・アデル様にご確認したいことがありまして・・・・」
「あら、お母様!その話はいいのよ!エリーナ!早く出て行ってってばっ!」
アデルの声が甲高く跳ねる。
この婦人、グレイ伯爵夫人メルバは、静かに眉を吊り上げ、冷ややかな目でエリーナを見下ろす。
「あなたが先妻の子かどうかなんて、私にはどうでもいいこと。でも、こうしてこの家に置いてあげている以上、その分はきっちり働いてもらわないとね。無駄話をしている暇があるなら、さっさと仕事に戻りなさい」
「そうよ。あなたには仕事があるでしょう? 私たちには、そろそろ家庭教師が来る時間だし」
アデルがサイドボードの上に置かれた時計に目をやる。
マルグリットも席を立ち、身支度を始めた。
入口でもたつくエリーナを見て、メルバが再び眉を上げる。
「エリーナ、何をしているの? 早く行きなさい。まだ仕事が残っているはずでしょう?」
姉たちは家庭教師と勉強、エリーナは掃除に洗濯。
同じ兄妹なのに、この差は何なのだろう。
そう思いながら、エリーナはただ静かに頭を下げ、言葉もなく部屋を後にした。