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「じゃあ、マチルダ、マージをよろしくね。気を付けて」
「はいよ!」
「マージも気を付けてね」
「ありがとうございました・・・・・」
マージはぺこんと頭を下げると、マチルダとともに歩き出した。
「さて、私も今日は帰りましょう」
部屋に戻って帰り支度をしていると、扉をノックする音が聞こえた。
一瞬身構えたが、続いて聞こえてきた声に緊張を解く。
「エルビナはいるか?」
「エルビナはいませんわ」
「いるではないか」
返事もしていないのに、ずかずかと部屋に入ってくる男。
「カミーユ殿下・・・・また勝手に・・・・」
呆れたように言いながら、エルビナはため息をつく。
「まぁまぁ、知らぬ仲でもあるまい」
そう言って、カミーユは当然のようにソファへ腰を下ろした。
「今日は何のご用ですか?」
「いやなに、エリーナがこっちに来ていると聞いてな」
エリーナはじっとカミーユを見つめた。
「誰から聞いたのです?この宿の者しか知らない情報のはずですが」
カミーユはにやりと笑う。
「それは、秘密だ」
「まったく・・・・殿下という方は・・・・」
エリーナはこの会話をあきらめて、他の話を振る。
「ああ、そういえば、殿下、ご結婚なさるのだとか?」
「!!?」
カミーユはぎょっとした顔でエリーナを見返した。
「いま、なんて?・・・・・・」
「殿下のご結婚相手が隣国のマルス・リオン王女殿下だと聞きました」
「違うっ!断じて違うぞっ!!!その情報は間違いだっっ!」
突然大声を上げて立ち上がるカミーユに、エリーナは思わず言葉を失う。
「・・・・殿下、どうしたのですか?そんな大声を出して」
「す・・・すまない・・・・」
エリーナにそう言われて、少し動揺しながらカミーユはソファーに座り直した。
「確かにその噂が出ているようだが・・・でも、エリーナ、その情報は誤報だ・・・・」
困ったような表情で、カミーユはエリーナの目を見つめる。
「では、ご結婚はされないのですか?」
「・・・ああ、マルス王女とはしない」
「なぜですか? 隣国は大国ですし、王配になれば殿下にとっても相応の立場になるのでは?」
「俺は、そういうのは望んでいないんだ・・・」
「でも、マルス王女から結婚の打診を受けているのですよね?」
「・・・まあ、そうだな」
「大国の姫から申し込まれている時点で、もはや決定では?」
「いや、そう簡単な話じゃない。そもそも・・・・・」
カミーユが何かを言いかけた、その時、
バァンッ!!
勢いよく扉が開かれ、二人は同時にビクリと肩を震わせた。
「見つけたぞ!カミーユ、いつも脱走ばかりしやがって!!」
部屋に乱入してきたのは、剣聖ラグザ・フォンベルク。
彼は一歩で距離を詰めると、カミーユの首根っこをがっちりと掴んだ。
「ラグザ様、驚かせないでください・・・・」
「すまないな、エリーナ嬢」
ラグザはエリーナには穏やかな笑みを向けつつ、手元のカミーユには容赦ない視線を突き刺す。
「そろそろ騎士団演習の出発時間だろうが!お前は、なんでこんなギリギリの時にいなくなるんだ!?俺に身にもなってみろ!」
有無を言わせず、ラグザはカミーユの襟首を掴んだまま部屋から引きずり出す。
「エリーナ嬢、今日はこれで失礼するぞ」
そう言ってラグザが頭を下げると、掴まれたままのカミーユが小さく手を振った。
「では、エリーナ、その話はまた今度・・・・」
カミーユが言い終えるより早く、ラグザは一気に引っ張って歩き出す。
「ちょ、ちょっと待てラグザ、まだ話が!!・・・うわっ、引っ張るなって!」
その声もむなしく、カミーユはそのまま街の雑踏へと引きずられて消えていった。




