18
オーランド亭に入ると、店主マチルダが目を丸くし、エルビナと少年を交互に見比べている。エルビナは口元に人差し指を立て、そっと合図を送った。
「・・・・どうしたんだい?その子は?」
エルビナの合図に気づいたマチルダは、名前を呼ぶのをやめた。
「さっき道端で会ったの。南五番街に行きたいって言うんだけど、この時間だと危ないでしょう?マチルダ、お店の子で手が空いてる人はいないかしら。この子を送ってもらいたいの」
「ああ、そういう事かい。坊や、どうしても今日中に行かなきゃいけないのかい?」
「は・・・・はい・・・・今日中いかないと行けなくて・・・・・」
少年はマチルダの勢いに気圧され、エルビナの背後にそっと隠れるようにして小さな声で答えた。
マチルダはじろじろと少年を観察する。敵か味方か・・というより、この子どもが「どこの誰か」を見極めようとしているのだろう。
少年は華奢な体つきで、背丈はエルビナの胸元に届くかどうか。平均的な令嬢より少し小柄だ。肌はきめ細かく、顔立ちも整っているため、言われなければ女の子と思われてもおかしくない。
服は継ぎ接ぎのシャツとパンツだが、よく見ると布地は上質なもの。
靴は明らかにサイズが合っておらず、汚れてはいるが使い古された感じはない。
マチルダは少年の全体像をざっと見て、
(こりゃあ、どこかのいいとこのお坊ちゃんかもしれない)と心の中で判断を下した。
「あんた名前は?」
「・・・・マ・・・マージ・・・・です」
「そうかい、マージ、少し待てるかい?私が送ってってやるよ」
「あ・・あの、本当に僕・・・大丈夫ですので・・・」
マージはエルビナを見上げ、小さな声でそう言った。
マチルダが怖いのかもしれない。
エルビナは苦笑しながらマージにささやく。
「マチルダは口は悪いけど、すごく頼りになるのよ。遠慮しないで、お願いして」
「・・・・・・・」
「本当なら、朝まで待って行った方が安全だけど、今すぐ行かなきゃいけないんでしょう?だったら、遠慮なく、この親切を受け取って」
エルビナのやわらかな笑みとともにそう言われ、マージは観念したように小さく頷いた。
フードの奥の微笑みに、思わず頬を赤らめながら。
「わかりました・・・ありがとうございます・・・・」
そう言って、マージは深く礼をした。
マージのお腹が鳴ったので、エルビナは彼をダイニングルームに行かせ、従業員に見張りをさせつつ、マージに食事をさせている。
二人は階段を上がり、エルビナの部屋にマチルダとともに入る。
「何ですかね?あの子、なにか・・・ちぐはぐな感じがしますね?」
「そうね、私もそう思うわ。たぶん、名前も偽名じゃないかしら」
「いいんですか、このまま送り届けて?」
「ええ。でも、マチルダが送っていくって言ったってことは、行き先を確認してくるつもりなんでしょう?」
「もちろん、そうするつもりですよ。エルビナ様に危害を加えるものの可能性もないとは言えません」
エルビナは、ふうっとため息をついた。
「そうね。仕事柄、恨みを買うこともあるし。でも、私の居場所を突き止めて、危害を加えるのは・・・簡単じゃないと思うけどね」
「それでも、正体のわからない者が近づいてきた以上、念には念を入れるべきです」
そんなマチルダのもっともすぎる言葉に、エルビナは苦笑を浮かべた。
「ところで、マチルダ?今回の依頼主はどなた?」
「ええ、それが依頼主は隣国のマルス・リオン王女殿下なのです・・・・」
「・・・王女殿下、ですって?」
「はい、サーシャ殿下からのご紹介でして・・・」
困った顔でそう話すマチルダ。
「サーシャ殿下から、直接?」
「そうなんです。こんなこと、初めてで・・・私もどうすればいいのか・・・」
マチルダの戸惑いはもっともだった。
エルビナにとって、サーシャは妹のように親しんでいる相手だが、仮にも、一国の王女。
普段は、素性不明なエルビナとは極力関わらないようにしている。
必要があって連絡を取るときも、大抵は身元が明かされているエリアスを介する。
それなのに、今回はサーシャからの直接の紹介で、しかも依頼人は隣国の王女。
これは・・・ただ事ではない。
「それで、依頼内容は?」
「それが・・・・内容は直接話したいので、サーシャ殿下のもとへ来てほしい、とだけ」
「つまり、殿下から詳しい話は聞けていないのね」
「はい・・・申し訳ございません」
「わかったわ・・・殿下にも何か事情がありそうね・・・・」
「エリーナ様、どうかよろしくお願いいたします」
マチルダは深々と腰を折り、頭を垂れた。




