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オーランド亭に入ると、店主マチルダが目を丸くし、エルビナと少年を交互に見比べている。エルビナは口元に人差し指を立て、そっと合図を送った。


「・・・・どうしたんだい?その子は?」


エルビナの合図に気づいたマチルダは、名前を呼ぶのをやめた。


「さっき道端で会ったの。南五番街に行きたいって言うんだけど、この時間だと危ないでしょう?マチルダ、お店の子で手が空いてる人はいないかしら。この子を送ってもらいたいの」


「ああ、そういう事かい。坊や、どうしても今日中に行かなきゃいけないのかい?」


「は・・・・はい・・・・今日中いかないと行けなくて・・・・・」


少年はマチルダの勢いに気圧され、エルビナの背後にそっと隠れるようにして小さな声で答えた。


マチルダはじろじろと少年を観察する。敵か味方か・・というより、この子どもが「どこの誰か」を見極めようとしているのだろう。


少年は華奢な体つきで、背丈はエルビナの胸元に届くかどうか。平均的な令嬢より少し小柄だ。肌はきめ細かく、顔立ちも整っているため、言われなければ女の子と思われてもおかしくない。

服は継ぎ接ぎのシャツとパンツだが、よく見ると布地は上質なもの。

靴は明らかにサイズが合っておらず、汚れてはいるが使い古された感じはない。


マチルダは少年の全体像をざっと見て、

(こりゃあ、どこかのいいとこのお坊ちゃんかもしれない)と心の中で判断を下した。


「あんた名前は?」


「・・・・マ・・・マージ・・・・です」


「そうかい、マージ、少し待てるかい?私が送ってってやるよ」


「あ・・あの、本当に僕・・・大丈夫ですので・・・」


マージはエルビナを見上げ、小さな声でそう言った。

マチルダが怖いのかもしれない。

エルビナは苦笑しながらマージにささやく。


「マチルダは口は悪いけど、すごく頼りになるのよ。遠慮しないで、お願いして」


「・・・・・・・」


「本当なら、朝まで待って行った方が安全だけど、今すぐ行かなきゃいけないんでしょう?だったら、遠慮なく、この親切を受け取って」


エルビナのやわらかな笑みとともにそう言われ、マージは観念したように小さく頷いた。

フードの奥の微笑みに、思わず頬を赤らめながら。


「わかりました・・・ありがとうございます・・・・」


そう言って、マージは深く礼をした。



マージのお腹が鳴ったので、エルビナは彼をダイニングルームに行かせ、従業員に見張りをさせつつ、マージに食事をさせている。

二人は階段を上がり、エルビナの部屋にマチルダとともに入る。


「何ですかね?あの子、なにか・・・ちぐはぐな感じがしますね?」


「そうね、私もそう思うわ。たぶん、名前も偽名じゃないかしら」


「いいんですか、このまま送り届けて?」


「ええ。でも、マチルダが送っていくって言ったってことは、行き先を確認してくるつもりなんでしょう?」


「もちろん、そうするつもりですよ。エルビナ様に危害を加えるものの可能性もないとは言えません」


エルビナは、ふうっとため息をついた。


「そうね。仕事柄、恨みを買うこともあるし。でも、私の居場所を突き止めて、危害を加えるのは・・・簡単じゃないと思うけどね」


「それでも、正体のわからない者が近づいてきた以上、念には念を入れるべきです」


そんなマチルダのもっともすぎる言葉に、エルビナは苦笑を浮かべた。


「ところで、マチルダ?今回の依頼主はどなた?」


「ええ、それが依頼主は隣国のマルス・リオン王女殿下なのです・・・・」


「・・・王女殿下、ですって?」


「はい、サーシャ殿下からのご紹介でして・・・」


困った顔でそう話すマチルダ。


「サーシャ殿下から、直接?」


「そうなんです。こんなこと、初めてで・・・私もどうすればいいのか・・・」


マチルダの戸惑いはもっともだった。


エルビナにとって、サーシャは妹のように親しんでいる相手だが、仮にも、一国の王女。

普段は、素性不明なエルビナとは極力関わらないようにしている。


必要があって連絡を取るときも、大抵は身元が明かされているエリアスを介する。

それなのに、今回はサーシャからの直接の紹介で、しかも依頼人は隣国の王女。


これは・・・ただ事ではない。


「それで、依頼内容は?」


「それが・・・・内容は直接話したいので、サーシャ殿下のもとへ来てほしい、とだけ」


「つまり、殿下から詳しい話は聞けていないのね」


「はい・・・申し訳ございません」


「わかったわ・・・殿下にも何か事情がありそうね・・・・」


「エリーナ様、どうかよろしくお願いいたします」


マチルダは深々と腰を折り、頭を垂れた。


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