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「アーデン、あの赤紫はないわよ?」
エリーナは、先ほどのドレスの色を思い出して、くっくっと笑い出す。
アーデンと呼ばれたデザイナーは、エリーナと目を合わせると口元を歪める。
「あの子、冗談を真に受けるのかと一瞬ヒヤヒヤしたけど・・・それにしても、相変わらず酷いわね、あの二人。顔もたいしたことなければ、性格は最悪。嫁の貰い手なんてないでしょ?」
「どうかしら。政略結婚なら、あるかも?」
「ならば、せめてお相手が善良な方ではありませんように・・・」
アーデンは胸の前で手を組んでお祈りするような仕草をする。
「それは、そうかも・・・」
「あっ、そうだ、エリーナ。お店に夜会服と、新しいドレスを用意しているのよ。今度、顔を出してね」
「あら、作ってくれたの?」
「もちろんよ。オーナーの装いは、すべて私の手で作るんだから!」
アーデンは自信たっぷりに胸を張る。
そう、今、話題のドレスショップ《エルの館》のオーナーは、実はエリーナなのだ。
アーデンとは、エリーナがエルビナとして街で調査をしていたときに出会った。
ある日エリーナは、豪華な装いの男性が、どう見ても貴族にもかかわらず、路肩で自作の見事な刺繍のエプロンを売っているのを見かけた。
変な奴だとは思ったが、その才能を一目で見抜いたエリーナは、「特にやることもないわ。可愛いものを作るのが好きなの」と言っていたアーデンを、開業予定だったドレスショップの専属デザイナーに抜擢する。
アーデンはもともと管理や帳簿にも強く、瞬く間に店の中心人物となった。
今では王都でも評判の、人気デザイナー兼店長として活躍している。
ちなみに、アーデンは美しいご婦人に見えるが、れっきとした男性である。
エリーナがアーデンと少し片付けをしていると、ふと窓の外に旋回する白い鳥を見つけた。
「マチルダからの連絡だわ」
エリーナは窓を開け、指笛で「ピィーッ!」と甲高い音を鳴らした。
それに気づいた白い鳥は、一直線にエリーナのもとへ飛んでくる。
窓枠に止まると、「早くしろ」と言わんばかりに、ピピピッとせわしなく鳴いた。
足に括られた通信筒から手紙を取り出すと、用は済んだとばかりに、鳥はすぐ羽ばたいて街へと戻っていった。
手紙を広げて目を通す。どうやら、新しい依頼のようだった。
「大丈夫?マチルダへ何か伝言があれば、途中で寄っていくけど?」
アーデンは、最後のドレスを丁寧にカバンへ詰めながら尋ねる。
「大丈夫よ。仕事の依頼だったわ。どのみち後でマチルダに会いに行く予定だから」
「そう。何か手伝いがあったら遠慮なく言ってね。私は、だいたいどこの邸宅にも侵入し放題だから」
アーデンはそう言ってウインクをする。
「ええ、確かに。人気のデザイナーだものね。アーデンが「あなたのドレスを作りたい」なんて言ったら、すぐに邸に呼ばれるでしょうね。・・・情報が必要なときは、また頼らせてもらうわ」
「そうして。じゃあ、準備も整ったし、そろそろ失礼するわね」
「ええ。今日は無理を言ったのに、来てくれてありがとう」
「いいのよ、オーナーの頼みなんだから。ほんとは受けたくない嫌な仕事でも、ちゃんとやるわよ」
それが誰のことを言っているのか、言うまでもない。
マルグリットとアデル・・・あの姉妹のことだ。
本来なら、売れっ子デザイナーとなった今のアーデンに、わざわざ性格も見た目も微妙なただの伯爵家の娘たちのために出張してもらうなど、まず不可能だろう。
それでもアーデンが足を運んでくれるのは、すべてエリーナがオーナーだからだ。
「エリーナ、近いうちにお店に顔出してね!」
そう言い残して、アーデンはたくさんのトランクを両腕で軽々と抱えながら、颯爽と伯爵邸を後にした。
夜になり、エルビナはオーランド亭の明かりを目指して歩いていた。
フォンベルク国は騎士団の活躍もあって、夜でも女性が一人で歩けるほど治安が良いと言われている。
とはいえ、エルビナは目立つ容姿のため、黒いロングフードをすっぽりとかぶっての移動だ。
そろそろ店が見えてくるという頃、ふいに見知らぬ少年に声をかけられた。
「あ・・・あの!すみません・・・南五番街というのは、どう行けばいいのでしょうか・・・」
声は小さく、どこか震えている。
年の頃は十四、五歳といったところだろうか。
エルビナは少年を観察しながら、落ち着いた口調で道順を教える。
「ここからだと、あと二十分くらい歩いた先かしら。でも、途中に暗い森を通るから、できれば明るいうちに向かったほうがいいわよ」
そう優しく説明するが、少年は不安そうに首を横に振る。
「・・・ありがとうございます。行ってみます・・・・・」
「本当に、大丈夫?私が一緒についていってあげましょうか?」
「いえっ!とんでもない!」
少年は慌ててブンブンと首を振った。
その時、強い風が吹き抜け、エルビナのフードがふわりと後ろへはらわれた。
露わになったその顔を見た瞬間・・・少年の目が見開かれる。
「め・・・女神様・・・・・」
ぽつりとつぶやき、少年はその場で固まってしまった。
エルビナは何事もなかったようにフードをかぶり直し、にこりと微笑む。
「・・・いくら治安がいいとはいえ、夜の森は危険よ。誰かに送らせるから、一緒に来てくれる?」
「・・・」
少年は上の空で頷きながら、エルビナの後をついて歩いた。




