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部屋の中。

ベッドには男が一人、うつ伏せに眠っていた。

ぴくりとも動かず、寝息を立てている。


「・・・うーん。二回目だから、効きが悪かったのかしら? 寝るまで時間かかったわね。今後の課題ね」


エルビナは瓶に入った液体を軽く振りながら呟く。


「ま、いいか。考えるのはあとでも。さて、やりますか」


独り言を漏らしつつ、ポケットから紙包みを取り出す。

中身は、植物を精製した粉。

俗に言う薬物。


その包みをいくつかイアンのポケットに押し込み、さらに別の紙包みを開いてサイドテーブルへ置いた。

隣には酒が残ったグラス。

まるで、ついさっきまで使っていたかのような痕跡だ。


「・・・まあ、こんなものかしら・・・」


部屋全体を見回し、エルビナは満足げに頷く。

そして、ベッドで眠るイアンを鼻で笑った。


「残念ね、イアン? 起きた時には、あなた、すべてを失ってるわよ」


今まで巧みに隠してきた本性。

たった一瞬の綻びが、全てを暴くことになる。


人間なんて、所詮そんなもの。


「さて、そろそろ時間ね・・・」


「さよなら、イアン」


最後にそう言い残し、エルビナは、騎士団の到着を待たずに、その部屋を後にした。




翌日の新聞には、バリュー侯爵家の次男、イアン・バリューの記事が一面を飾っていた。


《バリュー侯爵家の次男、薬物所持と使用の疑いで再拘束》


先日の賭博容疑での拘束からわずか数週間。

今度は違法薬物所持の現行犯として、イアン・バリューが再び騎士団により連行された。


部屋には粉状の薬物と、使用の痕跡を思わせるグラスが残されており、本人は薬の使い過ぎにより昏睡状態のまま発見されたという。


これまで社交界では「品行方正な青年」として知られていたが、今回の事件でその仮面が剥がれ落ちた。

表向きの優等生ぶりが、いかに見せかけであったかが白日の下にさらされた形だ。


バリュー侯爵はすでに次男を勘当したと発表したが、時すでに遅く・・・

名門の誉れ高き家紋には、深い汚点が刻まれてしまった。


イアンの婚約は、当然ながら彼自身の叱責によって解消された。

バリュー侯爵家は謝罪の意を込めて、ドルー伯爵家に鉱山を譲渡し、それで手打ちとなったという。

イアンの名は、その日を境に社交界から静かに姿を消した。




街の中心部にあるドルー伯爵家の門前に、馬車が滑るように止まり、ひときわ妖艶な美女が優雅に降り立った。


邸の前では、二人の女性と、伯爵と思わしき男性が来客を待っていた。


「ドルー伯爵様、お初にお目にかかります。エルビナと申します」


エルビナは美しい所作でカーテシーをして挨拶をする。


「エルビナ様、このたびは我が家の者がお世話になりました・・・。お茶の用意がございますので、どうぞお入りください」


「ありがとうござます」


伯爵に続いて邸内へと足を運ぶ途中、エルビナはレイラとダイアナに微笑みを向け、優雅な足取りで中へと入っていった。

ティーサロンに入ると、侍女や執事の姿はなく、室内には四人だけ。


「さあ、どうぞ。そちらへおかけください」


伯爵が手で示すと、従者が一人、ソファを勧める。

エルビナはそれに従い、優雅に腰を下ろす。ドルー家の三人も続いて席に着いた。


「このたびは、誠にありがとうございました」


伯爵は丁寧に頭を下げ、感謝を述べる。


「伯爵、どうかお顔をお上げください。私はただ、自分の仕事を果たしただけですわ」


エルビナは微笑みながらそう言い、今度はレイラとダイアナの方に向き直る。


「ダイアナ様、その後、お気持ちは少し落ち着かれましたか?」


「はい・・・・あの時、きっとエルビナ様が助けてくださったのですよね?エルビナ様からいただいたお手紙が、私の心の支えでした。本当に、ありがとうございます」


エルビナは静かに微笑んだ。


「私からもお礼を申し上げます。この子のために、迅速にご対応いただき・・・本当に助かりました」


レイラも深く頭を下げる。


ドルー伯爵は妻と娘の言葉を待ち、エルビナに一枚の小切手を差し出した。

エルビナはその金額を確認し、自分の鞄から取り出した受取書にサインを入れて伯爵へ渡す。


「それでは・・・ドルー伯爵家の皆様。今回のご依頼についてはご満足いただけたようですので、これをもって契約を終了といたします。今後、私を見かけても他人として接してくださいますよう、お約束通りお願い申し上げます」


そう告げると、ダイアナは寂しげに顔を伏せた。


「レイラ伯爵夫人、お渡しした契約書の控えはお持ちでしょうか?」


「あ、はい・・・こちらに」


契約書を受け取ったエルビナは内容に一通り目を通し、それを四つ折りにしてバッグへ収める。

ゆっくりと立ち上がると、三人に向き直って微笑んだ。


「これから、ドルー伯爵家の皆様に幸多からんことを」


妖艶な微笑みを浮かべながら、その言葉を残し、エルビナは来た時と同じ優雅さで屋敷を後にした。


ティールームでは、レイラとダイアナが扉の方を見つめたまま、じっと立ち尽くしていた。


(“依頼を百十パーセント成功させる”と噂の銀の姫君・・・・・)


「最初に“百十パーセント成功”と聞いたときは、どうして百パーセントじゃないのかしらと不思議に思ったけれど・・・いざ終わってみれば、私たち伯爵家にはバリュー侯爵家から鉱山の権利が譲られ、年間でかなりの収入が見込めるようになった。その“百十パーセント”のうち、残りの“十パーセント”は・・・私たちにも利益を残してくださったのね」


レイラがそう呟くと、伯爵はレイラと、涙を流すダイアナの肩をそっと抱き寄せた。

エルビナが去って行った扉を見つめながら、伯爵はこれから訪れるであろうダイアナの幸せな未来に、静かに思いを馳せた。

そして、ゆっくりと目を閉じると、その扉に向かって深く頭を垂れた。


きっとこの十パーセントは、ダイアナが笑って生きていくための、確かな礎になるだろう。

第一章が完了しました。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

いよいよ次は、第二章の幕開けです。

新たな展開をお楽しみいただければ幸いです。

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