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カミーユとラグザ、たった二人による大捕物劇は、翌朝の新聞を大きく賑わせた。
さらに追い打ちをかけるように、どこから漏れたのか、摘発された貴族たちの名まで紙面に掲載され、世間の注目は一層過熱していった。
「くそっ!なんでこんなことに・・・」
バリュー侯爵家の一室。
自宅謹慎を言い渡されたイアンは、新聞をぐちゃぐちゃに丸めて部屋の隅に投げつける。
苛立ちを隠せず、葉巻に火をつけた。
摘発の直後、父には気絶するほど殴られ、兄からは未だに冷たい目で見下され、口も利いてもらえない。
どうやらバリュー侯爵家は、さっさと自分をドルー伯爵家に押し付けたいらしい。
今朝も父と母が、朝から伯爵家へ出向き、結婚の取りまとめに奔走しているという。
(ああ、全くつまらない。こんな時はダイアナを呼び出し、折檻でもすれば気が晴れるのに)
イアンは昔から、小動物のように怯えるものに嫌がらせをするのが好きだった。
自分が支配している、という実感が得られるからだ。
ダイアナは、いつだって自分を前にすると、怯えたように身体をすくめる。
あの震える瞳はたまらない・・・・
我ながら、素晴らしい婚約者を得たものだと思う。
多少の加減は必要だが、今のところは、うまく躾けられているはずだ。
(ああ、ダイアナに会いたいな・・・)
歪んだ愛情を募らせながら、イアンは葉巻をもみ消し立ち上がった。
こんな鬱屈した部屋で燻っているのは性に合わない・・・・
ダイアナは今、両家の話し合いの場にいる。だから、直接会うのは難しいだろう。
ならば・・・街で、適当な女でも拾って気を紛らわせるか。
そう考えながら、イアンは女を物色するため、自宅謹慎を命じられているにもかかわらず、街へと繰り出した。
しばらくの間、街中をうろうろしていたが、丁度良い女に会うことができなかった。
疲れたのでそろそろ戻ろうと考えていた時にそれが起こった。
見通しの悪い角を曲がったその瞬間。
「きゃあっ!」
「っ!!おいっ!」
前から歩いてきた誰かとぶつかる。
咄嗟に文句を言おうとしたイアンだったが、相手の顔を見て、言葉を飲み込んだ。
「申し訳ございません!前を見ていませんでしたわ。大丈夫ですか!?」
そこに立っていたのは、見たこともないほどの美貌と、妖艶な体つきを持つ女だった。
(これは・・・ついてるぞ!)
「・・・いいえ・・・・私こそ、申し訳ありません。お怪我はありませんか?」
イアンは即座に態度を一変させ、柔らかな笑みを浮かべて応じた。
その笑顔を見て、女は頬を染める。
「は、はい、大丈夫です・・・・」
「あなたの綺麗な顔に傷がつきでもしたら大変だ」
「まあ・・・・」
少し褒めると女は、はにかみながら照れている。
そして恥ずかしそうに目を伏せながら、こう言った。
「あの・・・不躾ですが、もしよろしければ、謝罪に一杯ごちそうさせてください」
(やった!なんてラッキーなんだ!・・・・まさかこんなに簡単に引っかかってくれるとは・・しかも上物だ)
「いいえ・・謝罪など・・・・・・」
イアンはわざと、少しためらうような口調で微笑みながら紳士を演じる。
「・・・でも・・・許されるなら、あなたともう少しお話しをしたいです・・・・」
「・・まあ!・・・嬉しいです!」
イアンはにこやかにそう答えながら、その女の腰のくびれに視線を滑らせた。
これは退屈な生活に、思わぬ楽しみが舞い込んできたかもしれない・・・・
イアンは、早々に近くのサロンに女をエスコートする。
ここは、一階がバーになっており、二階には個室がある。
その、薄暗いバーで二人は酒を飲んでいる。
「それで・・・まだ、お名前は、教えてくださらないのですか?」
「ええ、だって・・・私からお誘いしたなんて、恥ずかしいじゃないですか・・・」
そう言って女は微笑んでいる。
この女、なかなか名前は教えてくれないが・・・
先程から、サロンにいる男たちが羨ましそうに、イアンを見ている。
それはそうだ、ここまでの美貌を持つ女など、なかなかいない。
しかも、この体つき・・・男なら一度でいいから・・・と、夢に見るような女だ。
名前など些細なこと、別に知らなくても構わない。
イアンが調子に乗るのに、さほど時間はかからなかった。
「ここは騒がしいですね、せっかくなので、この上に個室があるのですが、部屋でゆっくり話しませんか?」
「・・・・・まあ、ここにそんな場所が?」
「ええ、よろしければ・・・」
先ほどから、この女の態度は明らかにイアンに気があると思われる。
イアンには、間違いなく誘いに乗ってくる自信があった。
イアンは、女の手にそっと自分の手を重ね目を覗きこむ。
女は嬉しそうに笑い、こくんと頷く。
「じゃあ、部屋をとってきますね、少しお待ちください」
微笑んで席を立つ。
(案外、チョロかったな・・・・・)
ニヤリと笑い鍵をもらい席に戻る。
「では行きましょうか・・・」
「あ、待ってください。せっかくなら残ったお酒を全部飲んでから・・・」
内心、そんなのどうでもいい、と思いながら、「そうですね」と言って、立ったまま残っていた酒をぐいっと煽る。
女は、その様子をじっと見ている。
「では参りますか・・・」
「はい、ありがとうございます」
イアンは、逃がさないとばかりに女の手を引き、個室へと向かった。




