13
エリアスはクラブを出ると、肺の中の濁った空気を一気に吐き出すように深呼吸をした。
ゆっくり歩いていると、偶然、またカミーユに出くわす。
「エリアス、どうだった?」
「・・・殿下、なんでまた、ここにいるんです?」
「たまたま街を巡回しててな」
「騎士団長自ら?」
「ああ、俺は“役職だからやらない”って考えは、古くて嫌いなんだよ」
立派なこと言ってるけど、絶対テキトーだ。
「ちょうどいい。殿下、お願いがあります」
「・・・珍しいな、なんだ?」
「もう少ししたら、ラグザ様が来ますよね?」
「・・・来ない来ない。今日は完璧に逃げ・・・・」
「やっぱり逃げてたんですね」
「いや、巡回だ」
「巡回ねえ・・・・あ、ほら。あれ、ラグザ様です」
遠くに見えるラグザの姿をエリアスが指差す。
「・・・・じゃ、またな!」
逃げようとするカミーユの腕を、珍しくエリアスががっちり掴む。
「カミーユ、その前に。百メートル後ろに隠れてる男、捕まえて、こいっ!」
そう言って、エリアスはカミーユを勢いよく突き飛ばした。
カミーユはそのまま駆け出し、ぎょっとした顔の男の首に一撃。
男は声も上げずに崩れ落ちた。
「誰?こいつ?」
さすが騎士団長、腐っても腕は確かだった。
訳も分からず男を引きずって戻ってくるカミーユ。その一連の動きは、ほんの一瞬の出来事だった。
男を引きずって戻ってきたカミーユは、今にも自分に殴りかかりそうなラグザに身構えていた。だが、エリアスが一歩前に出た。
「殿下、ラグザ様。お話があります。それも至急で」
と静かに告げた。
カミーユとラグザは少し驚いた顔で顔を見合わせている。
「どうした、エリアス?」
「二人とも、こちらについてきてください」
真剣な表情のエリアス。その背中を、何も分からぬまま二人が追いかける。
人気のない細道に入るなり、エリアスは口を開いた。
さっき潜入した紳士クラブでは、奴隷を賭けにした違法賭博が行われていたこと。
その実態。そして何よりも、イアンを今すぐ捕らえてほしいという要請だった。
今、イアンを捕えても、侯爵家の力で大した罪もなく、すぐに釈放となるだろう。
でも、逮捕された事実さえあれば、あとはエルビナの出番だ。
カミーユとラグザは、堂々とエリアスの案内で紳士クラブに向かって歩を進めた。もちろん、何も恐れることはない。
この国の剣聖と騎士団長だ。こんな小規模な組織の制圧なんて、朝飯前もいいところだ。
二人は、外に立っていた男を目にした瞬間、言葉一つ発させることなく、あっという間に意識を奪った。
「・・・やれやれ。こういう裏稼業は、一向に減らないな」
ラグザは苦々しい顔をして、剣の柄に手をかけながら小さく吐き捨てる。
「派手にいきますか、ラグザ様?」
「当然だ。カミーユ、罪は静かに暴くより、派手に潰した方が見せしめになる」
ラグザとカミーユの目が、鋭く光った。
店の扉が開かれると、二人は堂々と中に踏み込んだ。カミーユは店の中央に立ち、低く、よく通る声で宣言する。
「騎士団長の名において、この場の全員に告げる。この場所は違法賭博および人身売買の容疑で摘発される!」
ラグザは剣聖としての名が広く知られており、貴族たちは一瞬で彼の存在に気づき、身動きも取れずに静まり返った。
支配人と客が動揺する中、カミーユはまっすぐイアンの元へと歩み寄った。
「お前は、今から拘束される。後で言い訳する機会をやろう」
ラグザは冷徹に告げる。
その瞬間、店内にいた全員が静まり返る。店の支配人は震えるような声で、必死に弁解しようとするが、カミーユはそれを無視して言い放った。
「今、ここにいる全員を拘束する。貴様らの違法行為も、これで終わりだ」
ラグザとカミーユが互いに一歩踏み出すと、すぐに彼らの周囲にいた数人の客が震えあがる。
店内の空気が一気に重くなり、客たちの顔には驚きと恐怖が色濃く浮かんだ。
「何をしているんだ!我々は関係ない!」
一人の貴族が声を荒げたが、すぐにラグザがその男の胸倉を掴んで、無言で引き寄せた。
「お前も、関係ない者もこの場にはいない。違法賭博に手を染めた以上、全員が共犯だ」
その言葉に、店内はさらに緊張感を増した。客たちは次々と拘束されていく。誰一人として逃れることはできない。
「お前らも、次だ」カミーユは静かに言い、残る客たちを一人ひとり厳しく取り押さえさせる。
店の隅にいたイアンは必死に顔を隠しながら震えていた。
それを見逃さなかったカミーユは、即座にイアンも捕まえた。
「待たせたな。いくぞ」
すべての客が手錠をかけられ、店内は完全に制圧された。




