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「ねえ、エリーナ!エリーナってば!!呼んだらすぐに来なさいよ!!」
イライラした声が義姉・マルグリットの部屋から響く。
またか・・・と、エリーナは小さくため息をつき、乱れた髪が“それらしく”見えるかを確認してから、のそのそと部屋へ向かった。
「マルグリット様?・・・どうかされましたか・・・?」
「ちょっと!なんで私のネックレスが壊れているのよ!?」
マルグリットの手のひらには、バラバラになった宝石と切れたチェーン。
「さ・・・さあ、わ・・・私はわかりません・・・」
(どうせ、アデルが壊したんでしょう?)
だが、マルグリットはエリーナが犯人だと決めつけているようだった。
「アデルが言ってたのよ!あんたが掃除のときに、私の宝石箱を見てたって!犯人はあんたでしょう!」
(ああ、そういうことね。アデル、ドレスの破れを指摘されて恥をかいたから、その報復ってわけ)
「いいえ・・・違います・・・私は宝石箱なんて見ていません・・・・」
とはいえ、こうなったマルグリットには何を言っても無駄だ。エリーナは早々にあきらめて、さっさと罰を受けて解放されることを選ぶ。
「あんたがやったに決まってる!大切なネックレスだったのに!」
マルグリットが扇子を手に近づいてくる。
(ああ、今日は“あれ”の気分ね。まぁ、これなら軽い方だし、早く終わらせてちょうだい)
「腕を出しなさい」
「・・・は・・・はい・・・」
エリーナが腕を差し出すと、扇子が振り下ろされた。
バシンッ!
鈍い音とともに、何度か叩かれた腕は赤く腫れ、うっすら内出血していた。
「これ、明日までに直して持ってきなさい」
そう言って、壊れたネックレスをエリーナの前に投げつける。宝石が床にバラバラと飛び散った。
エリーナは跪き、這いつくばるようにして宝石を拾いはじめる。
マルグリットが満足するような、惨めな動作を演じながら。
その姿に、マルグリットは満足げな笑みを浮かべていた。
(本当に、マルグリットは性格が悪いなあ・・・早くお嫁に行ってくれるといいんだけど・・・でも性格の悪さが顔に出てるし、無理かもなあ・・・)
心の中ではそんなことを思いながら、拾い終えると無言で部屋を出るよう命じられた。
エリーナは、マルグリットの怒りは突発的で、持続しないぶんマシだと考えている。
一方、アデルは違う。じわじわと嫌味や嫌がらせを重ね、何日にも渡って“粘着”してくるタイプだ。
(ああ、面倒だ)
と、ため息をつきながらネックレスを直しに自分の部屋に戻る。
(腕も、内出血をしているから早めに冷やそう)
エリーナは、離れの扉を開けて中に入ろうとして、手を止める。
(誰かいる・・・・)
扉を開けると、そこにはアデルが立っていた。
「アデル様・・・」
「相変わらず汚い部屋ねえ。その腕、お姉様に叩かれたのね?可哀想に」
可哀想と言いながら、くすくす笑っている。
「・・・私の部屋に何か御用でしょうか・・・」
「嫌ね、用なんてあるわけないじゃない?あんたが私たちの物を盗んでいないか、確認に来ただけよ」
「そう・・・ですか・・・」
(ここは、悲しい顔でもしておけばアデルは満足するでしょ)
「あら、そんな悲しい顔をしても無駄よ。あんたは盗人なんだとお母様に言えば、三日間は食事抜きよね?・・・そうねえ・・・例えば、アレとか?」
アデルが指を指す方向を見ると、エリーナの小さなテーブルの上に、見たこともない髪留めが置かれている。
「な・・なんですか・・・アレは・・・私は見たことがありません・・・」
「アレはねえ、お母様の大切な髪留めよ。なくなればすぐにわかるわ。さっきは夕飯抜き三日って言ったけど、もっと厳しくなるかもねぇ」
「や・・・やめてください・・・アデル様・・・」
か細く震える声でアデルに懇願する。もちろん演技で。
「あんたは、私に恥をかかせたでしょ?こんなもんじゃ許せないわ」
(うわ〜、性格悪っ! ほんと、ダイエットにでも情熱注げばいいのに)
涙をにじませると、アデルは満足したようにくすりと笑い、部屋を出ていった。
(さて、次は義母・メルバの登場ね・・・食事抜きで済めばいいけど)
案の定、少しすると意地の悪そうな侍女が「メルバ様がお呼びです」と告げに来た。
メルバの部屋では、彼女が机に向かって書き物をしている。
「エリーナ。あなた、私の髪飾りを盗んだの?」
「い・・・いいえ・・・」
「じゃあアデルが嘘をついたって言うの?」
「・・・・・」
(否定しても意味がない。ここは黙ってた方が得策ね)
「あれは、私の大切なもの、わかってて盗んだの?」
「いいえ・・・・」
「いいえ?わからないで盗んだってこと?たまたま見ていたアデルが教えてくれたから、未遂で終わったけど、本当なら騎士団に突き出しているところよ」
「・・・・」
「黙ってないでなんとか言いなさい」
「わ・・・私は・・・盗んでいません・・・」
「強情な子ね!あなたがここにいるのも不快なのに、こんなに長話なんて!・・・もういいわ。罰として、五日間夕食抜き。一ヶ月間、夜の馬の世話をしなさい」
「・・・はい・・・・」
(あら、ラッキーかも?夜の馬の世話なら、馬で出かけても怪しまれない。散歩って言えば通るし!)
内心ではガッツポーズをしながらも、悲痛な表情を浮かべて部屋を後にする。
(食事抜き?街で食べられるしノーダメージ。むしろ、今は依頼もあるし、夜に出歩く理由ができたなんて最高。ありがとう、アデル。あなたのおかげで助かったわ)
エリーナは、くすりと笑うと、あ、腕冷やさなきゃ、と思い出し、自分の部屋へ戻っていった。




