表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/56

10

「遅かったな、エリアス」


「サーシャ姫、お待たせいたしました」


「エリアス、そろそろホーリー嬢と踊る時間だぞ」


「ええ、そうですね」


「それにしても、今日はお前から珍しく葉巻の香りがするな」


「ええ、行きがかり上・・・仕方なくです」  


エリアスは少し困ったように眉を下げた。


「臭いますか?」


「なぜだろうな? エリアスから香っても、ただ男らしく感じる。不思議なものだ」


「そうですか・・・では、行ってきますね」


「ああ、存分に話してこい」


エリアスは優雅な足取りでホーリーの元へ向かっていく。

その先には、期待に目を輝かせるホーリーの姿があった。

サーシャはその後ろ姿を見送りながら、ため息混じりに思った。


(なんて罪作りな男なんだ。と)


ダンスの曲が終わると、ホーリーはうっとりとしたまま、ダンスホールの中央で立ち尽くしていた。


(まるで夢のような時間だった・・・あのエリアス様と踊れたなんて! 普段は話すことすら叶わないお方なのに・・・)


(カイン様が夫になるとはいえ、お顔立ちは決して悪くない。けれど、エリアス様とは比べものにならないわ。葉巻の残り香に、爽やかなコロンの香り・・しかもたくさんおしゃべりできた。カイン様の弟、イアン様と友達になったって話も聞けたし、イアン様がよく顔を出す紳士クラブのことを話したら“私も興味があるな”なんて微笑んで・・・あんな風に喜ばれたら、何でも話したくなってしまうじゃない)


そのまましばらく余韻に浸っていたホーリーだったが、すぐに周囲の令嬢たちに囲まれた。


「どうしてエリアス様と踊ることになったの?」


と経緯を聞かれ、ホーリーは優越感に包まれながら、エリアスとの素晴らしいダンスについて熱弁をふるい始めた。




「どうだった?エリアス」


「上々でしたよ。いろいろお話も伺えましたよ」


「そうか。ではそろそろ帰るとするか?」


「ええ、サーシャ姫、ありがとうございました。ではエスコートさせていただきますので、お手をどうぞ」


サーシャはエリアスの手を取り、出口へ向かう。


「サーシャ殿下、もうお帰りですか?」


と、声をかけてきたのは、どこか残念そうな表情のバリュー侯爵だった。


「ああ。兄があまり遅くなるのを嫌うのでな」


「ラウール王太子殿下も、サーシャ様のことを心配されているのですね」


「・・・ああ、そっちもだが・・・煩いのは二番目の方だ」


「カミーユ殿下でしたか・・・」


「遅くなりすぎると、夜会に乗り込んでくるかもしれないからな。帰るとするよ」


サーシャはニヤリと笑って侯爵を見る。


バリュー侯爵は、わずかに顔色を曇らせた。


「それは・・・そうされた方がよろしいですな。では、お見送りいたしましょう」


カミーユ殿下。

上位貴族が恐れるその男は、現在、騎士団長を務めている。


見た目は軽薄そうな遊び人風。だが、実際には鋭い勘と抜け目のない目を持ち、どんな小さな綻びも逃さない。

彼に目をつけられた者は、捕まるまで永遠に追い続けられると噂されていた。

鼻が利き、容赦もない。

だからこそ、貴族たちは彼に関わることを、極力避けているのだ。



「エリアス、途中まで乗っていけ。その方が速かろう」


「ありがとうございます。では、ご一緒させてください」


エリアスは馬車に乗り込み、サーシャの向かいの席に腰を下ろした。


「さて・・・エリアス・・・・・いや、エリーナ。バリュー伯爵夫人からの依頼の進捗はどうだ?」


「やはり、サーシャ姫でしたか」


「たまたまジョエル公爵夫人のミラーに相談されてな。お前を紹介しただけだ」


「いつもお仕事を回してくださって、感謝しています。あと数回、イアンに接触すれば片が付きそうです」


「イアンか・・・とんだ男だな」


「ええ。調べれば調べるほど、婚約前にわかってよかったと思います」


「そういえば、バリュー伯爵の娘が今日来ていたな。置いてきて大丈夫か?」


「ええ。イアンには少し酒を飲ませておいたので、もう今夜は起きないでしょう」


「・・・潰したのか?」


「ええ、少しの酒と、これで」


エリーナはポケットから小さな瓶を取り出し、中の茶色い液体をサーシャに見せた。


「それは?まさか毒じゃあるまいな・・・」


「もちろん毒ではありません。植物から抽出した液体で、酒に数滴垂らすと酔いが早く回るんです」


「エリーナは本当に何でも知ってるな。感心するよ」


サーシャは興味深そうに瓶を受け取り、窓から差し込む光にかざして中を覗き込んだ。


「グレイ家には立派な図書室があるのに、誰も使わないんです。だから私の憩いの場として、ゆっくり好きな勉強をしてます」


「お前は、強いな」


「そうですか?考え方を変えれば、楽しい人生ですよ」


そう言って、エリーナは心から楽しそうに笑った。


「エリーナ、あんな家は捨てて、いっそ城に来ればいいのに」


珍しく、サーシャが年相応の甘えたような声で言う。それを見て、エリーナはふっと微笑み、サーシャの頭を優しく撫でた。


「サーシャ姫、先日もカミーユ殿下に同じことを言われました。でも私は今の暮らしに満足しています。飽きた頃には、自立できるだけの準備も整えておきますから、ご心配なく」


エリーナにとってサーシャは、昔から妹のような存在であり、とても大切な人だった。今でこそ才色兼備の姫君だが、幼い頃はよく兄たちに泣かされ、エリーナのもとに駆け込んできては、一緒に仕返しをしていたのだ。


馬車が指定の場所で止まる。


「サーシャ姫、送ってくださってありがとうございました」


「エリーナ、またいつでも連絡をくれ」


エリーナはこくんと頷き、すばやく馬車から降りた。


サーシャを乗せた馬車は、護衛に守られながら、夜の街を静かに城へと向かっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ